「長編(連載中)」
生まれ変わっても -朝鮮編-
生まれ変わっても 45
テヨンがポンソクの方を見ると、安心したのか安らかな寝息を立て始めていた。
テヨンは優しい笑みを浮かべる。
甲斐甲斐しく病人の世話をしているヨンジンを呼び、二人で別室に移った。
「ハン・ヨンジン。」
「はい。チョハ。」
テヨンに呼びかけられ、ヨンジンは頭を垂れた。
「そこへ座ってくれ。」
「はい。チョハ。」
ヨンジンはテヨンの目前に静かに座した。顔は下を向いたままだ。
「・・・面(おもて)を上げよ。」
テヨンは少々煩わしさを感じてはいたが、世子らしく振舞おうと心がけた。
ヨンジンは顔を上げる。
「私はポンソクの住まいがあるという集落に赴かねばならぬ。恵民署はそなたに任せたいが、大丈夫か?」
ヨンジンは目を見開いたが、神妙な面持ちで頷いた。
「仰せの通りに致します。チョハ。」
テヨンも静かに頷く。
「まずは王宮に戻り、薬剤や食料、人員をこちらに廻すように手配を致す。それまで、持ち堪えてくれ。」
「恐れ入ります。チョハ。」
ヨンジンはまた頭を下げた。
「ヨンジンよ。私はそなたに詫びねばならぬ。」
ヨンジンは、えっ、と声を上げ、驚いた顔を目の前の世子に向けた。
あわてて、申し訳ございませぬ、とまた顔を伏せる。
「申し訳ないのは私の方なのだ。ヨンジン、顔を上げてくれ。」
若干、堅苦しさを緩めた世子を訝りながら、ヨンジンは顔を上げた。
「皆の罹っている病は伝染病だ。疫病には違いない。
そなたには伝染っておらぬし、今後、発症することもあるまい。だから安心するがよい。」
テヨンはヨンジンの様子を確かめながら、深呼吸した。
「この病に特効薬は存在せぬのだ。・・・すまぬ。」
テヨンは、ヨンジンがあわてふためくのではないかと思った。どうやって落ち着かせるべきかと次の言葉を考えながらそう言ったのだが、以外にも彼は落ち着き払っていた。
「チョハ。麻疹にございますね。」
驚いたのはテヨンの方だった。
「私も医員の端くれ、知識としては存じております。報告に上がられたソ(*)堤調(チェジョ)がお戻りになられず、ここに閉じ込められたことで、私は己の本分を忘れておりました。誠に申し訳もございませぬ。」
ヨンジンはテヨンの前に平伏し、更に言葉を繋ぐ。
「チョハのご命令通り、この恵民署で己の本分を果たす所存でございます。」
「そうか。ヨンジン・・・ありがたい。そなたも天命を受けたのだな。」
「滅相もございません。チョハ。」
テヨンはヨンジンの肩を持ち上体を起こさせ、面を上げよ、と言った。
「ヨンジンよ。そなたら皆をここへ閉じ込めた者に、心当たりはあるか?戻ってこなかった堤調とはどんな人物だ?」
「恐れながら、チョハ。」
「申してみよ。」
「お二方の堤調のうち、報告に上がると仰られたのはソ・ヒョンドク様でございます。(*)吏曹判書(イジョパンソ)を兼任なされているカン・ヨンチョル様は恵民署へはほとんどおいでにはなられませぬ。」
ソ堤調様は、皆の尊敬を集めています、とヨンジンは言った。
その日、珍しくカン・ヨンチョル堤調が恵民署に現れた。
もう一人の堤調、ソ・ヒョンドクに向かって、偉そうに何やかやと指示している。
「もうじき、世子チョハがこちらに視察においでになられる。心してお迎えせよ。」
医員や医女は、はい、と頭を下げた。
そうして、わずかな供人だけを連れた王世子が恵民署にやって来たのは、日が中天に差し掛かる頃だった。
カン・ヨンチョルは、狡猾そうな笑みをその顔に貼りつかせて、イ・ガクを案内した。
「吏曹判書、カン・ヨンチョル。私に付き合わずとも帰っても良いのだぞ。」
「チョハ。恐れながら、恵民署堤調も私の務めにございますれば・・・。」
「・・・そうか?堤調は二人も要らぬ、吏曹判書の務めが忙しく恵民署には行けぬ、と申しておると聞き及んだが?」
イ・ガクはヨンチョルを横目で見やった。
「何者がそのようなことを申したのでございましょう?私には身に覚えがございませぬ。」
イ・ガクは視線を正面に移した。
イ・ガクは恵民署の中をくまなく見て廻った。
世子は、様々な質問をするが、ヨンチョルは、あの、とか、その、とか言っては言い淀む。
何の薬剤が不足しているのか、一日にどのくらいの民が訪ねてくるのか、医員や医女の様子はどうか、流行り病などの噂はないか、など、ソ・ヒョンドク堤調は的確に応え、イ・ガクは頷きながらその話を聞いていた。
「ソ堤調、必要な物があらば、まとめて報告せよ。すぐに手配を致す。」
「恐れ入ります。チョハ。」
「カン堤調。」
「はい、チョハ。」
「堤調を解任して頂くよう、私から王様に進言してやろうか?」
ヨンチョルは、絶句した。
「・・・冗談だ。そなた、ここを辞めたくはないのであろう?・・・それはそうと、先日、手配したはずの薬剤がまだ届いておらぬようだな。カン堤調、仔細がどうなっておるのか調べて報告せよ。」
「・・・承知致しました。チョハ。」
イ・ガクの目が見透かすようにヨンチョルを見るが、頭を垂れた当人は忌々しげに唇を噛んでいた。
イ・ガクは、部屋の奥で苦しげな息遣いで横たわるポンソクを見た。
「あの子供は?熱があるようだが?」
「チョハ。不用意に病人に近付いてはなりませぬ!」
チサンがあわてる。
「心配するな。私にも多少の心得がある。」
「そういう問題ではございませぬ。王世子チョハに何かあっては国の大事!」
「恵民署の病人は、恵民署の医員にお任せください!」
「チョハ!」
三人の臣下が止めるのも聞かず、イ・ガクはポンソクの手を取った。
世子と供人が去り、カン堤調も去った。
ヨンジンら医員と医女は、ほーっと溜息を吐いた。
世子という存在も彼らを緊張させたが、カン堤調という存在の方がより緊張を強いてくる。
チョハは何かお気づきのようであったな。
ああ、ほんとにカン堤調を解任してくだされば良いのに。
無駄だよ。カン堤調の代わりに別の同じような人物がやって来るだけだ。
カン堤調はどういう報告をするつもりだろうか。薬剤を横流しにしているのは・・・。
しっ!滅多なことを申すな。命が惜しくはないのか?
ざわめく彼らの前に、ソ・ヒョンドクがやって来た。
心なしか青ざめた顔をしているようだ。
「ソ堤調様。どうかなされたのですか?」
「あの子供・・・。まだ、はっきりとは分からぬが・・・部屋を別にしなさい。私は、急ぎ、王宮に報告に上がる。」
「隔離でございますか?」
それは、疫病を意味している。
医員と医女に動揺が走った。
「皆、落ち着きなさい。心を強く持てば病の方から逃げていく。そなたらは命を預かる医員、医女。その誇りを忘れてはならぬ。」
本当に疫病であれば・・・チョハの御身が、危ない。
ヒョンドクは天を仰ぎ、祈った。
___________
* 堤調(チェジョ) 最高責任者 恵民署では2人置かれ、1人は他の役職と兼任した
* 吏曹判書(イジョパンソ) 人事を司る官庁の長官
テヨンは優しい笑みを浮かべる。
甲斐甲斐しく病人の世話をしているヨンジンを呼び、二人で別室に移った。
「ハン・ヨンジン。」
「はい。チョハ。」
テヨンに呼びかけられ、ヨンジンは頭を垂れた。
「そこへ座ってくれ。」
「はい。チョハ。」
ヨンジンはテヨンの目前に静かに座した。顔は下を向いたままだ。
「・・・面(おもて)を上げよ。」
テヨンは少々煩わしさを感じてはいたが、世子らしく振舞おうと心がけた。
ヨンジンは顔を上げる。
「私はポンソクの住まいがあるという集落に赴かねばならぬ。恵民署はそなたに任せたいが、大丈夫か?」
ヨンジンは目を見開いたが、神妙な面持ちで頷いた。
「仰せの通りに致します。チョハ。」
テヨンも静かに頷く。
「まずは王宮に戻り、薬剤や食料、人員をこちらに廻すように手配を致す。それまで、持ち堪えてくれ。」
「恐れ入ります。チョハ。」
ヨンジンはまた頭を下げた。
「ヨンジンよ。私はそなたに詫びねばならぬ。」
ヨンジンは、えっ、と声を上げ、驚いた顔を目の前の世子に向けた。
あわてて、申し訳ございませぬ、とまた顔を伏せる。
「申し訳ないのは私の方なのだ。ヨンジン、顔を上げてくれ。」
若干、堅苦しさを緩めた世子を訝りながら、ヨンジンは顔を上げた。
「皆の罹っている病は伝染病だ。疫病には違いない。
そなたには伝染っておらぬし、今後、発症することもあるまい。だから安心するがよい。」
テヨンはヨンジンの様子を確かめながら、深呼吸した。
「この病に特効薬は存在せぬのだ。・・・すまぬ。」
テヨンは、ヨンジンがあわてふためくのではないかと思った。どうやって落ち着かせるべきかと次の言葉を考えながらそう言ったのだが、以外にも彼は落ち着き払っていた。
「チョハ。麻疹にございますね。」
驚いたのはテヨンの方だった。
「私も医員の端くれ、知識としては存じております。報告に上がられたソ(*)堤調(チェジョ)がお戻りになられず、ここに閉じ込められたことで、私は己の本分を忘れておりました。誠に申し訳もございませぬ。」
ヨンジンはテヨンの前に平伏し、更に言葉を繋ぐ。
「チョハのご命令通り、この恵民署で己の本分を果たす所存でございます。」
「そうか。ヨンジン・・・ありがたい。そなたも天命を受けたのだな。」
「滅相もございません。チョハ。」
テヨンはヨンジンの肩を持ち上体を起こさせ、面を上げよ、と言った。
「ヨンジンよ。そなたら皆をここへ閉じ込めた者に、心当たりはあるか?戻ってこなかった堤調とはどんな人物だ?」
「恐れながら、チョハ。」
「申してみよ。」
「お二方の堤調のうち、報告に上がると仰られたのはソ・ヒョンドク様でございます。(*)吏曹判書(イジョパンソ)を兼任なされているカン・ヨンチョル様は恵民署へはほとんどおいでにはなられませぬ。」
ソ堤調様は、皆の尊敬を集めています、とヨンジンは言った。
その日、珍しくカン・ヨンチョル堤調が恵民署に現れた。
もう一人の堤調、ソ・ヒョンドクに向かって、偉そうに何やかやと指示している。
「もうじき、世子チョハがこちらに視察においでになられる。心してお迎えせよ。」
医員や医女は、はい、と頭を下げた。
そうして、わずかな供人だけを連れた王世子が恵民署にやって来たのは、日が中天に差し掛かる頃だった。
カン・ヨンチョルは、狡猾そうな笑みをその顔に貼りつかせて、イ・ガクを案内した。
「吏曹判書、カン・ヨンチョル。私に付き合わずとも帰っても良いのだぞ。」
「チョハ。恐れながら、恵民署堤調も私の務めにございますれば・・・。」
「・・・そうか?堤調は二人も要らぬ、吏曹判書の務めが忙しく恵民署には行けぬ、と申しておると聞き及んだが?」
イ・ガクはヨンチョルを横目で見やった。
「何者がそのようなことを申したのでございましょう?私には身に覚えがございませぬ。」
イ・ガクは視線を正面に移した。
イ・ガクは恵民署の中をくまなく見て廻った。
世子は、様々な質問をするが、ヨンチョルは、あの、とか、その、とか言っては言い淀む。
何の薬剤が不足しているのか、一日にどのくらいの民が訪ねてくるのか、医員や医女の様子はどうか、流行り病などの噂はないか、など、ソ・ヒョンドク堤調は的確に応え、イ・ガクは頷きながらその話を聞いていた。
「ソ堤調、必要な物があらば、まとめて報告せよ。すぐに手配を致す。」
「恐れ入ります。チョハ。」
「カン堤調。」
「はい、チョハ。」
「堤調を解任して頂くよう、私から王様に進言してやろうか?」
ヨンチョルは、絶句した。
「・・・冗談だ。そなた、ここを辞めたくはないのであろう?・・・それはそうと、先日、手配したはずの薬剤がまだ届いておらぬようだな。カン堤調、仔細がどうなっておるのか調べて報告せよ。」
「・・・承知致しました。チョハ。」
イ・ガクの目が見透かすようにヨンチョルを見るが、頭を垂れた当人は忌々しげに唇を噛んでいた。
イ・ガクは、部屋の奥で苦しげな息遣いで横たわるポンソクを見た。
「あの子供は?熱があるようだが?」
「チョハ。不用意に病人に近付いてはなりませぬ!」
チサンがあわてる。
「心配するな。私にも多少の心得がある。」
「そういう問題ではございませぬ。王世子チョハに何かあっては国の大事!」
「恵民署の病人は、恵民署の医員にお任せください!」
「チョハ!」
三人の臣下が止めるのも聞かず、イ・ガクはポンソクの手を取った。
世子と供人が去り、カン堤調も去った。
ヨンジンら医員と医女は、ほーっと溜息を吐いた。
世子という存在も彼らを緊張させたが、カン堤調という存在の方がより緊張を強いてくる。
チョハは何かお気づきのようであったな。
ああ、ほんとにカン堤調を解任してくだされば良いのに。
無駄だよ。カン堤調の代わりに別の同じような人物がやって来るだけだ。
カン堤調はどういう報告をするつもりだろうか。薬剤を横流しにしているのは・・・。
しっ!滅多なことを申すな。命が惜しくはないのか?
ざわめく彼らの前に、ソ・ヒョンドクがやって来た。
心なしか青ざめた顔をしているようだ。
「ソ堤調様。どうかなされたのですか?」
「あの子供・・・。まだ、はっきりとは分からぬが・・・部屋を別にしなさい。私は、急ぎ、王宮に報告に上がる。」
「隔離でございますか?」
それは、疫病を意味している。
医員と医女に動揺が走った。
「皆、落ち着きなさい。心を強く持てば病の方から逃げていく。そなたらは命を預かる医員、医女。その誇りを忘れてはならぬ。」
本当に疫病であれば・・・チョハの御身が、危ない。
ヒョンドクは天を仰ぎ、祈った。
___________
* 堤調(チェジョ) 最高責任者 恵民署では2人置かれ、1人は他の役職と兼任した
* 吏曹判書(イジョパンソ) 人事を司る官庁の長官
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