「長編(連載中)」
生まれ変わっても -朝鮮編-
生まれ変わっても 49
テヨンとチサンは、困り顔で、互いに互いが何か言うのを待っていた。
このまま、いつまでも世子嬪を待たせたままにしておく、というわけにもいかない。
テヨンは咄嗟に外に飛び出した。
「チョハ!」
チサンもあわてて後を追う。
外で取り次ぎ役をしていた内官は、勢いよく飛び出してきた世子に面喰いつつも、かろうじて頭を下げた。
世子嬪と、その供の尚宮以下、宮女達も頭を垂れる。
「ぴ、嬪宮、よく来た。」
心にもない言葉だが、今はそう言うしかない。
「あ、えっーと・・・どうだ?嬪宮、少し散歩をせぬか?」
チョハ!その調子です!
後方で頭を下げたままのチサンが無言でエールを送る。
「芙蓉池に、蓮を見に参ろう。」
〔チョハ!蓮は今の時期には咲いておりませぬ!〕
チサンは俯いたまま、後ろからテヨンの袖を引っ張った。
「花のない芙蓉池も、風情があってよろしいかと存じます。」
背中に冷や汗が伝っているテヨンをよそに、世子嬪は穏やかに言った。
「あ、いや、すまぬ。・・・月を肴に語り合うのは、どうだ?」
「月?・・・でございますか?」
世子嬪は夜空を見上げる。
月はおろか、星一つ瞬いてもいない。漆黒の闇が広がるばかりだった。
「チョハ。・・・やはり、お疲れなのではございませんか?今日、お戻りになられたばかりと言うのに、一時(ひととき)もじっとしておられなかった、とお伺いいたしました。」
世子嬪は、心底、心配だ、と言わんばかりに眉根を寄せた。
「滋養の付く膳を準備してまいりました。どうぞ、お部屋へお戻りくださいませ。」
こうなっては部屋に戻るしかない。
テヨンは、そうか、と力なく言って、くるりと向きを変えた。
世子に続いて、世子嬪も部屋に入る。
世子嬪付きの宮女が、尚宮に促されて膳を運び込んで来た。
王世子の前の文机を脇に避け、持ち込んだ膳をそこに据える。
尚宮と宮女は、頭を下げると部屋を出て行った。
むしろ、彼女らにそこに居て欲しい、とテヨンは思っている。
「チョハ、どうぞ。梅湯にございます。お疲れも取れましょう。」
世子嬪が湯呑に梅湯を注ぐと、さわやかな梅の香りが広がった。
手渡された湯呑に口を付ければ、確かに舌の上に心地よい。
が、しかし、その味を楽しむ余裕などあろうはずもない。
テヨンは何も言うことができずにいたが、世子嬪はただ穏やかに微笑みながら、世子を見つめていた。
控えの間で、チサンは壁に耳をぴったりとくっつけて、二人の様子を窺っていた。
時折、衣擦れの音がするだけで話し声はしない。
チョハは大丈夫であろうか?
何か理由を付けて、部屋にお伺いするべきか?
彼なりに考えるが、どうしてよいか分からない。
やはり、乗り込むか!と立ち上がりかけた時、テヨンの声が聞こえた。
「嬪宮、夜も更けた。・・・そなたも、疲れておるのではないか?」
「いえ、私は大丈夫にございます。・・・チョハはお疲れでございましょう?どうぞ、ごゆるりとお休みくださいませ。」
世子嬪は頭を下げる。
え、あ、自分の部屋に戻る?・・・頼む、そうしてくれ!
テヨンはどうにか表情を保っているが、内心、気が気ではない。
「パク尚宮、チョハのお召し替えを。」
世子嬪が扉の外へ向かって呼びかけると、扉はすーっと開いた。
尚宮を先頭に、宮女が数人入って来る。
彼女らは、失礼いたします、と頭を下げたかと思ったら、テヨンの方に近付いて来る。
テヨンは思わず後ずさった。しかし、壁に背中を押し戻される。
「チョハ、お立ちいただけますか?」
「よいっ!自分で、できる!!」
テヨンの声があまりにも大きかったので、宮女達はびくっとして伸ばしかけた手を引っ込めた。
「パク尚宮。」
世子嬪に呼びかけられて、パク尚宮が視線を移せば、世子嬪が静かに頷いている。
パク尚宮は宮女らに目配せした。
すると、失礼いたしました、と宮女達は後ずさりを始めた。パク尚宮も、宮女も、皆、扉の向こうへ消えて行った。
「チョハ。申し訳ございませんでした。」
世子嬪は立ち上がり、そのまま頭を下げた。
「あ、いや、私の方こそ、すまなかった。」
世子嬪はあいまいに微笑んでいたが、失礼いたします、と小さく言って、彼女も扉を潜って行った。
誰も居なくなった部屋で、テヨンはほーっと胸を撫で下ろした。
世子嬪の置いて行った膳の上、飲みかけの梅湯の湯呑を掴む。すかっり冷えてしまったその液体を、一気に喉に流し込んだ。
ほっとしたら、突然、空腹であることに気付いた。
そう言えば、今日は食事らしい食事をしていない。テヨンは膳の上のおかずを指でつまむと、口に放り込んだ。
お腹が満たされれば眠気が来る。
さて、寝るか。
寝所の扉を開けると、きちんと布団が整えてあった。枕は二つ。
世子嬪がいるのなら、当然のこと、か・・・。
テヨンは袞龍袍を脱ぎながら、苦笑する。
やはり龍の刺繍の施された真っ白な夜着に着替え、寝所に入った。
扉をぴったりと閉じて、布団を捲った。
そこに滑り込み、横になろうとした、その時、閉じたはずの寝所の扉が、音もなくすーっと開かれた。
ん?チサナ?
テヨンは目を疑った。
後ろ手に扉を閉じながら入って来たのは、白い夜着をその身に纏った世子嬪であった。
テヨンは驚きのあまり、声も出ない。布団の中に足を突っ込んだままの姿勢で、身体を動かすこともできずにいる。
世子嬪は静かに王世子に近付き、ちょこんと布団の上に座った。
あどけなさの残る顔をしているのに、妙に艶っぽく微笑みながらテヨンを見つめている。
少し動けば、その柔らかそうな肌に触れてしまいそう。
あまりにも近くに、薄い夜着だけを纏った美少女。
テヨンはごくりと生唾を飲み下した。
現代なら高校生ぐらいだろ?犯罪だぞ!
・・・あ、いや、そうじゃなくて、僕にはパッカという婚約者が!
他の女に触れられるわけがないだろ!
パク・ハの笑顔が、意識のないイ・ガクの姿が、麻疹に苦しむ人々のことが、テヨンの脳裏に浮かんでは消える。
ここで自分の正体を明かすことはできない。かと言って、この少女を抱くことなど、更にできるはずもない。
僕はイ・ガクじゃない!
テヨンは、そう叫んでしまいたかった。
思考も、身体も、凍りついたように動けずにいるテヨンの顔に、世子嬪の顔が近付いて来る。
やけにゆっくりとしていて、現実味のない映像を見せられているようで、テヨンは呆然としていた。
世子嬪の白い美しい顔が、自分の目の前に迫ってくる。
パッカ・・・ごめん。
このまま、いつまでも世子嬪を待たせたままにしておく、というわけにもいかない。
テヨンは咄嗟に外に飛び出した。
「チョハ!」
チサンもあわてて後を追う。
外で取り次ぎ役をしていた内官は、勢いよく飛び出してきた世子に面喰いつつも、かろうじて頭を下げた。
世子嬪と、その供の尚宮以下、宮女達も頭を垂れる。
「ぴ、嬪宮、よく来た。」
心にもない言葉だが、今はそう言うしかない。
「あ、えっーと・・・どうだ?嬪宮、少し散歩をせぬか?」
チョハ!その調子です!
後方で頭を下げたままのチサンが無言でエールを送る。
「芙蓉池に、蓮を見に参ろう。」
〔チョハ!蓮は今の時期には咲いておりませぬ!〕
チサンは俯いたまま、後ろからテヨンの袖を引っ張った。
「花のない芙蓉池も、風情があってよろしいかと存じます。」
背中に冷や汗が伝っているテヨンをよそに、世子嬪は穏やかに言った。
「あ、いや、すまぬ。・・・月を肴に語り合うのは、どうだ?」
「月?・・・でございますか?」
世子嬪は夜空を見上げる。
月はおろか、星一つ瞬いてもいない。漆黒の闇が広がるばかりだった。
「チョハ。・・・やはり、お疲れなのではございませんか?今日、お戻りになられたばかりと言うのに、一時(ひととき)もじっとしておられなかった、とお伺いいたしました。」
世子嬪は、心底、心配だ、と言わんばかりに眉根を寄せた。
「滋養の付く膳を準備してまいりました。どうぞ、お部屋へお戻りくださいませ。」
こうなっては部屋に戻るしかない。
テヨンは、そうか、と力なく言って、くるりと向きを変えた。
世子に続いて、世子嬪も部屋に入る。
世子嬪付きの宮女が、尚宮に促されて膳を運び込んで来た。
王世子の前の文机を脇に避け、持ち込んだ膳をそこに据える。
尚宮と宮女は、頭を下げると部屋を出て行った。
むしろ、彼女らにそこに居て欲しい、とテヨンは思っている。
「チョハ、どうぞ。梅湯にございます。お疲れも取れましょう。」
世子嬪が湯呑に梅湯を注ぐと、さわやかな梅の香りが広がった。
手渡された湯呑に口を付ければ、確かに舌の上に心地よい。
が、しかし、その味を楽しむ余裕などあろうはずもない。
テヨンは何も言うことができずにいたが、世子嬪はただ穏やかに微笑みながら、世子を見つめていた。
控えの間で、チサンは壁に耳をぴったりとくっつけて、二人の様子を窺っていた。
時折、衣擦れの音がするだけで話し声はしない。
チョハは大丈夫であろうか?
何か理由を付けて、部屋にお伺いするべきか?
彼なりに考えるが、どうしてよいか分からない。
やはり、乗り込むか!と立ち上がりかけた時、テヨンの声が聞こえた。
「嬪宮、夜も更けた。・・・そなたも、疲れておるのではないか?」
「いえ、私は大丈夫にございます。・・・チョハはお疲れでございましょう?どうぞ、ごゆるりとお休みくださいませ。」
世子嬪は頭を下げる。
え、あ、自分の部屋に戻る?・・・頼む、そうしてくれ!
テヨンはどうにか表情を保っているが、内心、気が気ではない。
「パク尚宮、チョハのお召し替えを。」
世子嬪が扉の外へ向かって呼びかけると、扉はすーっと開いた。
尚宮を先頭に、宮女が数人入って来る。
彼女らは、失礼いたします、と頭を下げたかと思ったら、テヨンの方に近付いて来る。
テヨンは思わず後ずさった。しかし、壁に背中を押し戻される。
「チョハ、お立ちいただけますか?」
「よいっ!自分で、できる!!」
テヨンの声があまりにも大きかったので、宮女達はびくっとして伸ばしかけた手を引っ込めた。
「パク尚宮。」
世子嬪に呼びかけられて、パク尚宮が視線を移せば、世子嬪が静かに頷いている。
パク尚宮は宮女らに目配せした。
すると、失礼いたしました、と宮女達は後ずさりを始めた。パク尚宮も、宮女も、皆、扉の向こうへ消えて行った。
「チョハ。申し訳ございませんでした。」
世子嬪は立ち上がり、そのまま頭を下げた。
「あ、いや、私の方こそ、すまなかった。」
世子嬪はあいまいに微笑んでいたが、失礼いたします、と小さく言って、彼女も扉を潜って行った。
誰も居なくなった部屋で、テヨンはほーっと胸を撫で下ろした。
世子嬪の置いて行った膳の上、飲みかけの梅湯の湯呑を掴む。すかっり冷えてしまったその液体を、一気に喉に流し込んだ。
ほっとしたら、突然、空腹であることに気付いた。
そう言えば、今日は食事らしい食事をしていない。テヨンは膳の上のおかずを指でつまむと、口に放り込んだ。
お腹が満たされれば眠気が来る。
さて、寝るか。
寝所の扉を開けると、きちんと布団が整えてあった。枕は二つ。
世子嬪がいるのなら、当然のこと、か・・・。
テヨンは袞龍袍を脱ぎながら、苦笑する。
やはり龍の刺繍の施された真っ白な夜着に着替え、寝所に入った。
扉をぴったりと閉じて、布団を捲った。
そこに滑り込み、横になろうとした、その時、閉じたはずの寝所の扉が、音もなくすーっと開かれた。
ん?チサナ?
テヨンは目を疑った。
後ろ手に扉を閉じながら入って来たのは、白い夜着をその身に纏った世子嬪であった。
テヨンは驚きのあまり、声も出ない。布団の中に足を突っ込んだままの姿勢で、身体を動かすこともできずにいる。
世子嬪は静かに王世子に近付き、ちょこんと布団の上に座った。
あどけなさの残る顔をしているのに、妙に艶っぽく微笑みながらテヨンを見つめている。
少し動けば、その柔らかそうな肌に触れてしまいそう。
あまりにも近くに、薄い夜着だけを纏った美少女。
テヨンはごくりと生唾を飲み下した。
現代なら高校生ぐらいだろ?犯罪だぞ!
・・・あ、いや、そうじゃなくて、僕にはパッカという婚約者が!
他の女に触れられるわけがないだろ!
パク・ハの笑顔が、意識のないイ・ガクの姿が、麻疹に苦しむ人々のことが、テヨンの脳裏に浮かんでは消える。
ここで自分の正体を明かすことはできない。かと言って、この少女を抱くことなど、更にできるはずもない。
僕はイ・ガクじゃない!
テヨンは、そう叫んでしまいたかった。
思考も、身体も、凍りついたように動けずにいるテヨンの顔に、世子嬪の顔が近付いて来る。
やけにゆっくりとしていて、現実味のない映像を見せられているようで、テヨンは呆然としていた。
世子嬪の白い美しい顔が、自分の目の前に迫ってくる。
パッカ・・・ごめん。
← 【 お礼画像と、時々SS 掲載してます 】
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~ Comment ~
Re: きゃぁ~ ふにゃん様へ
ふにゃん様
変なコメントなんて、とんでもないです!
ごめんなさい。
テヨンの「パッカ・・・ごめん。」は衝撃でしたよねぇ。
皆様からお預かりしている、大切な、イ・ガクを、テヨンを・・・
こんな展開でごめんなさい。(>_<)
総ては私の不徳の致すところ・・・平に、平に、ご容赦をぉ。
気分は、古参の尚宮状態です。(汗)
変なコメントなんて、とんでもないです!
ごめんなさい。
テヨンの「パッカ・・・ごめん。」は衝撃でしたよねぇ。
皆様からお預かりしている、大切な、イ・ガクを、テヨンを・・・
こんな展開でごめんなさい。(>_<)
総ては私の不徳の致すところ・・・平に、平に、ご容赦をぉ。
気分は、古参の尚宮状態です。(汗)
- #552 ありちゃん
- URL
- 2015.05/14 17:10
- ▲EntryTop
ひぇーっ、やっぱり、そーいうことですよね。夫婦ですものね。
いや、いや、チョハ、パクハだけを何百年も。。。のはずでは?
テヨンもー、ゴメンって😨😨
えー、やっぱりそーいうこと??😓😓😓
いや、いや、チョハ、パクハだけを何百年も。。。のはずでは?
テヨンもー、ゴメンって😨😨
えー、やっぱりそーいうこと??😓😓😓
- #553 みかん
- URL
- 2015.05/14 20:27
- ▲EntryTop
Re: みかん様へ
みかん様
ひぇーっ 衝撃の描写でごめんなさーい。(>_<)
テヨンの「パッカ・・・ごめん。」は、もう事件ですよね。
書いてる自分が衝撃を受けると言う・・・。(汗)
ひぇーっ 衝撃の描写でごめんなさーい。(>_<)
テヨンの「パッカ・・・ごめん。」は、もう事件ですよね。
書いてる自分が衝撃を受けると言う・・・。(汗)
Re: か****様へ
か****様
ムラッ気のある更新でごめんなさい。
キリン化プロジェクトチームのチーム長が休業中でした。w
お忙しい中でのご訪問、感謝であります。
許すもなにも・・・楽しんでコメントまでくださってるって、その言葉だけで癒されてます。♪
イ・ガク、ロリコン疑惑浮上ですね。やばい、世子の品位が・・・。w
(╬ʘдʘ)←この顔文字に、か****さんと、パク・ハの衝撃と怒りが現れていて・・・笑ってしまいました。(あ、笑うところではなく、謝るところでしたね。ごめんなさい。)
ムラッ気のある更新でごめんなさい。
キリン化プロジェクトチームのチーム長が休業中でした。w
お忙しい中でのご訪問、感謝であります。
許すもなにも・・・楽しんでコメントまでくださってるって、その言葉だけで癒されてます。♪
イ・ガク、ロリコン疑惑浮上ですね。やばい、世子の品位が・・・。w
(╬ʘдʘ)←この顔文字に、か****さんと、パク・ハの衝撃と怒りが現れていて・・・笑ってしまいました。(あ、笑うところではなく、謝るところでしたね。ごめんなさい。)
Re: t*******様へ
t*******様
テ、テヨン!何考えてんの!? ですよね。
ホントに、えええええええぇ!!です。・・・ごめんなさい。(>_<)
テ、テヨン!何考えてんの!? ですよね。
ホントに、えええええええぇ!!です。・・・ごめんなさい。(>_<)
きゃぁ~
テヨンが~(>_<)
しかし、テヨンも男なのね(T_T)
チサナ~ヨンスル~マンボ~
何とかして~
と言うことは、イ・ガクはやっぱり…
いやいやイ・ガクは夫婦なんだから当たり前、当たり前、当たり前(自分に言い聞かせる)
なんか変なコメントですみません(^_^;)