「長編(完結)」
記憶
記憶 5
遠くで鳥のさえずりが聞こえる。
「・・・パッカ。パッカや。」
パク・ハはまどろみの中で父親とは違う男性の声に名前を呼ばれて、誰だろう、と考えていた。
「パッカ、起きぬか。朝餉だ。」
彼女はガバッと起き上がり、イ・ガクを見た。
「ようやく、起きたか。早く顔を洗って、朝餉を食べるのだ。」
すっかり身支度を整えたイ・ガクが座っていた。
顔を洗うための水桶をチサンが抱えて待ち構えている。
パク・ハは慌てて布団から這い出し、チサンの傍に駆け寄った。
顔を洗い、チサンから手拭いを受け取る。
イ・ガクの傍に行くと朝食の膳の前に腰を下ろした。
昨夜はイ・ガクに添い寝されて眠った。
背中を、一定の拍子でポン、ポンと優しく手打たれてなんとも居心地が良かった。
背中に伝わる大きな手の感触と、自分を包み込む香りが懐かしくて、夢の中で、すかっり父親に甘えてすり寄っていったような気がするのだが、相手は父親ではなかったということらしい。
なんで、アッパだと思ったんだろう?
パク・ハはイ・ガクに安心感を覚える。
その感覚がなんなのかはよく分からない。
イ・ガクを見上げると、にこりと優しく微笑んでいた。
この人に、会ったことがある。記憶にはないがそんな気がする。
自分が小さすぎて覚えていないのだ、パク・ハはそう結論付けた。
「オッパは、アッパのお友達?」
「そなたの父親は写真でしか知らぬ。」
「そうなの?・・・でも、小さい時、私と会ったことあるよね?・・・私が、赤ちゃんだったとか?」
「そなたとは・・・大人になったら出会う。」
え?
パク・ハは意味が分からず、イ・ガクをまじまじと見た。
「大人になったら、出会う運命だ。」
イ・ガクの視線はどこか遠くを見つめていた。
「もう、食べ終えたのなら片付けさせるぞ。」
イ・ガクはチサンに命じて膳を下げさせた。
チサンに加えマンボとヨンスルも呼ばれて、世子の居室でパク・ハは男四人に囲まれた。
「パッカ。芙蓉池に落ちる前のことを詳しく話せ。」
「芙蓉池?・・・蓮の花の池のこと?」
「そうだ。芙蓉池に来る前にはどこにおった?」
「トラックの後ろに乗ってたの。ものすごい音がして、あちこちぶつかって、肩とか、手とか、足も痛かったよ。頭も痛かった気がする。」
パク・ハは自分の身体を自分で抱いて、身体中を見廻した。その時感じた痛みが甦る気がした。
イ・ガクはパク・ハの頭を両手で押さえると、上からつむじの辺りを覗き込む。
パク・ハは、きゃっと小さく叫んだ。
イ・ガクは手を離すと目を瞑り、何か考えている風だったが、やがて目を開けて溜息を吐いた。
「どうやら、今は傷が消えているようだな。その事故が原因で、記憶が・・・。パッカ?自分がどこの誰で、父も母も、姉のことも覚えておるのだな?」
「え?私の名前はパク・ハだって、最初にそう言ったでしょ?オッパは、私もお姉ちゃんも知ってるって言ってたよね?」
イ・ガクはパク・ハの問いかけには答えなかった。
「それで?どうしてトラックなんぞに乗っておったのだ?」
「・・・分からない。」
「分からぬとは、どういうことだ?」
「分かんないもんは、分かんないもん。」
パク・ハは小さな唇を尖らせた。
そんなパク・ハにイ・ガクは憮然とした顔をする。
マンボが失礼いたします、と口を挟んだ。
「パク・ハさん。お一人でいらしたのですか?」
「・・・・トラックには一人で乗ってた。」
「では、乗られる前は?」
「・・・お姉ちゃんと一緒だったよ。」
「ホン秘書と?」
チサンが呟いた。
ホン秘書?パク・ハは怪訝な顔をする。
「セナお姉ちゃんと一緒だったの。ホン秘書って人は知らない。」
ああ、すみません、とチサンは口の中でぶつぶつ言った。
「お姉ちゃんは、私に気付かずに行ってしまったの。」
そう、オンニは私に気付かなかっただけ・・・。
パク・ハは唇を噛んで、目を瞑った。
くるりと向きを変えた姉の背中が、瞼の裏に浮かんで消えた。
「・・・パッカ。パッカや。」
パク・ハはまどろみの中で父親とは違う男性の声に名前を呼ばれて、誰だろう、と考えていた。
「パッカ、起きぬか。朝餉だ。」
彼女はガバッと起き上がり、イ・ガクを見た。
「ようやく、起きたか。早く顔を洗って、朝餉を食べるのだ。」
すっかり身支度を整えたイ・ガクが座っていた。
顔を洗うための水桶をチサンが抱えて待ち構えている。
パク・ハは慌てて布団から這い出し、チサンの傍に駆け寄った。
顔を洗い、チサンから手拭いを受け取る。
イ・ガクの傍に行くと朝食の膳の前に腰を下ろした。
昨夜はイ・ガクに添い寝されて眠った。
背中を、一定の拍子でポン、ポンと優しく手打たれてなんとも居心地が良かった。
背中に伝わる大きな手の感触と、自分を包み込む香りが懐かしくて、夢の中で、すかっり父親に甘えてすり寄っていったような気がするのだが、相手は父親ではなかったということらしい。
なんで、アッパだと思ったんだろう?
パク・ハはイ・ガクに安心感を覚える。
その感覚がなんなのかはよく分からない。
イ・ガクを見上げると、にこりと優しく微笑んでいた。
この人に、会ったことがある。記憶にはないがそんな気がする。
自分が小さすぎて覚えていないのだ、パク・ハはそう結論付けた。
「オッパは、アッパのお友達?」
「そなたの父親は写真でしか知らぬ。」
「そうなの?・・・でも、小さい時、私と会ったことあるよね?・・・私が、赤ちゃんだったとか?」
「そなたとは・・・大人になったら出会う。」
え?
パク・ハは意味が分からず、イ・ガクをまじまじと見た。
「大人になったら、出会う運命だ。」
イ・ガクの視線はどこか遠くを見つめていた。
「もう、食べ終えたのなら片付けさせるぞ。」
イ・ガクはチサンに命じて膳を下げさせた。
チサンに加えマンボとヨンスルも呼ばれて、世子の居室でパク・ハは男四人に囲まれた。
「パッカ。芙蓉池に落ちる前のことを詳しく話せ。」
「芙蓉池?・・・蓮の花の池のこと?」
「そうだ。芙蓉池に来る前にはどこにおった?」
「トラックの後ろに乗ってたの。ものすごい音がして、あちこちぶつかって、肩とか、手とか、足も痛かったよ。頭も痛かった気がする。」
パク・ハは自分の身体を自分で抱いて、身体中を見廻した。その時感じた痛みが甦る気がした。
イ・ガクはパク・ハの頭を両手で押さえると、上からつむじの辺りを覗き込む。
パク・ハは、きゃっと小さく叫んだ。
イ・ガクは手を離すと目を瞑り、何か考えている風だったが、やがて目を開けて溜息を吐いた。
「どうやら、今は傷が消えているようだな。その事故が原因で、記憶が・・・。パッカ?自分がどこの誰で、父も母も、姉のことも覚えておるのだな?」
「え?私の名前はパク・ハだって、最初にそう言ったでしょ?オッパは、私もお姉ちゃんも知ってるって言ってたよね?」
イ・ガクはパク・ハの問いかけには答えなかった。
「それで?どうしてトラックなんぞに乗っておったのだ?」
「・・・分からない。」
「分からぬとは、どういうことだ?」
「分かんないもんは、分かんないもん。」
パク・ハは小さな唇を尖らせた。
そんなパク・ハにイ・ガクは憮然とした顔をする。
マンボが失礼いたします、と口を挟んだ。
「パク・ハさん。お一人でいらしたのですか?」
「・・・・トラックには一人で乗ってた。」
「では、乗られる前は?」
「・・・お姉ちゃんと一緒だったよ。」
「ホン秘書と?」
チサンが呟いた。
ホン秘書?パク・ハは怪訝な顔をする。
「セナお姉ちゃんと一緒だったの。ホン秘書って人は知らない。」
ああ、すみません、とチサンは口の中でぶつぶつ言った。
「お姉ちゃんは、私に気付かずに行ってしまったの。」
そう、オンニは私に気付かなかっただけ・・・。
パク・ハは唇を噛んで、目を瞑った。
くるりと向きを変えた姉の背中が、瞼の裏に浮かんで消えた。
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