FX

「長編」
記憶

記憶 6

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パク・ハの閉じた瞼が微かに揺れ始め、涙がせり上がってくる。
彼女はそれを見られまいと俯いた。
すんと鼻をすする。

イ・ガクがその長い腕を伸ばすと、大きな掌で少女の頭を包み込むようにした。そのまま自分の胸に押し付ける。

「事故の衝撃で飛ばされて来たのであろう。」

彼女の胸の内を知ってか知らずか、イ・ガクはパク・ハの髪を撫でつける。

パク・ハはこのままでいたら堪えていた涙が溢れ出してしまいそうで、イ・ガクから逃れなければ、と思うのだが、身体は自らの意志に反してイ・ガクに縋りついていく。
とうとう、イ・ガクの胸に縋りついたまま大声で泣き始めてしまった。


アッパ!・・・帰りたいよぉっ。


イ・ガクは黙したままパク・ハの髪を撫で続ける。

しばらくしてパク・ハが落ち着いてきたと見るや、その小さな身体を自らの胸からそっと離した。

「パッカ?"オムライす"を食したくはないか?」

パク・ハは涙に濡れた瞳のままイ・ガクを見上げた。

なんで、オムライス?

「心が晴れぬときは"オムライす"が良い。そうであろう?」

パク・ハは訳が分からなかったが、イ・ガクの確信に満ちた言葉に我知らず頷いていた。

「私は執務がある故、もう行かねばならぬ。三人と市井しせいを見物して参れ。よい気晴らしにもなろう。」

三人の臣下も頷いている。

「昼餉は三人と共に"オムライす"を食して参れ。夕刻には私も執務が終るから、それまでに宮殿に戻るのだ。」

よいな? と臣下を見やる。
三人は、ははっ、と頭を下げた。


かくしてイ・ガクの言葉通り、官服を脱いだ臣下三人組に連れられて宮殿を出た。
韓服を纏った人々が行き交い、パク・ハには見るもの総てが珍しかった。

様々な店が軒を連ねる商店街と思しき所に差し掛かると、パク・ハは目を輝かせてキョロキョロと辺りを見廻しながら歩いた。
小さなパク・ハがちょこまかと動き廻るせいで、何度も人にぶつかりそうになる。
その度にヨンスルに抱きとめられたり、マンボに手を引かれたりした。

チサンはパク・ハと一緒になって、露店に並ぶ商品を手にとってはきゃっきゃっとはしゃいでいた。

「パッカヌイ!これ!きれいですよ。」

「本当!!」

様々な装飾が施されたピニョ(*)やコチ(*)、手鏡や巾着、女の子が喜びそうな物を見つけてはチサンがパク・ハを呼ぶ。

「ト内官。いい加減にされよ。」

「チョハは気晴らしをして来いとの仰せであったではないか。」

マンボの呆れ声を意に介さず、チサンが言った。

「おぬしの気晴らしではなかろう?」

ヨンスルも呆れたように言いながら、パク・ハの周りを警戒することは怠らない。

「良いではないか。パッカヌイもお堅い供人と一緒では楽しくなかろうよ。」

ねえ?と同意を求めるチサンに、当のパッカは、んー、と気のない返事をする。
見れば、店先の商品に完全に意識を奪われてしまっていた。

「それが欲しいのですか?」

「んー?綺麗だなって思って見てたの。これは、何をする物?」

素材も色彩も様々で、凝った意匠の物もある。

「それはノリゲ(*)です。チョゴリから下げて、女性が美しく装う為に遣います。」

チサンは、私も持ってますけどね、などと言う。
どれがパッカヌイに似合うかなぁ?チサンはにこにこと嬉しそうに、ノリゲをいくつか手に取った。
パク・ハのチョゴリの上から当ててみる。
楽しそうなチサンとは対照的に、パク・ハは困ったような顔をした。

「私、お金、持ってないよ。」

「ご心配なく。チョハがお支払い下されます。」

自分が払うと言わない辺り、しっかりしていると言おうか、何と言おうか、マンボもヨンスルも苦笑した。

「・・・いいよ。見るだけでも楽しかったもん。要らない。」

そうですか?遠慮なさらなくても、パッカヌイにならチョハも買ってくださいますよ?チサンはぶつぶつと言いながら名残惜しげに手の中のノリゲを見た。

「それよりもお腹空いた!オムライスを食べるんだよね?」

パク・ハは話題を変えるようにそう言って、明るく笑った。



『パク・ハのオムライす』

なぜか自分の名前を冠した看板が掲げられた店。
どうして?と問うパク・ハに、説明が難しいのです、と三人は困ったような顔をした。

「まあまあ、細かいことは気にせずに入りましょう。」

店内は静まり返っており、客はおろか店の者の気配もない。
不思議そうに店内を見廻すパク・ハに向かって、三人は言った。

「ここは、我々三人が商う店なのです。」
「宮殿に行かないとき限定で開店しております。」
「そうそう、だから"幻のオムライす"って言われてます。」

すぐに準備をしますから、待っててくださいね。
ヨンスルとチサンがいそいそと店の奥に入って行き、マンボはパク・ハと共に食卓に着いた。

程なくして、湯気を立てるオムライスを盆に乗せて二人がやって来た。

黄色い卵焼きにくるまれて、上にたっぷりのケチャップ。
それは、パク・ハもよく知るオムライスだ。

「おいしそう!頂きます!!」

パク・ハは嬉しそうに合掌した。一匙掬って口に運ぶ。

えっ?

「これ、ご飯、白いよ?」

「「「は?」」」

「こんなオムライス初めて食べた。」

三人は驚きの声を上げた。

「そりゃ、パク・ハさんのものに比べればまだまだかも知れませんが、朝鮮にはない材料も苦心して取り寄せたり、代替えしたりしながら作っていますし、チョハも最近は遜色ないとお褒め下されて・・・」
「何が違うのでしょう?パク・ハ殿?」
「やはり、ケチャップに問題が?」

オムライスの師匠とも言うべきパク・ハに、その口に合わないものを出してしまったのだと思い込んだ三人は、本人達も意識せぬまま彼女に詰め寄っていた。

「あ、これはこれでおいしいよ。」

パク・ハは慌ててそう言った。

「今後の為にも問題点は指摘してください。」

マンボはどこから持ってきたのか紙と筆を持っている。
パク・ハは首を横に振った。

「ううん。おいしいよ。中のご飯がケチャップ味でなかったからびっくりしただけ。」

パク・ハは掻き込むようにオムライスを食べ進めている。

「パッカヌイ。ケチャップ味の飯とは、何のことです?」

ケチャップ好きのチサンの目がきらりと光った。

「オムライスと言えば、中身はケチャップライスでしょ?」

「ケチャップライス?」
「それは、つまり飯をケチャップで味付けるのですか?」

チサンの言葉を奪うようにマンボが言った。

「うん。私はケチャップライスのオムライスしか知らなかったから、でも、これもおいしいね。」

パク・ハは綺麗に平らげ、ごちそうさま、と手を合わせた。


何ということだ。我らはパク・ハさんに、この"オムライす"を教えられた筈なのに・・・。

ケチャップ味の飯か・・・美味そう。今度、試してみようっと。

中身がケチャップ味の飯の"オムライす"もあったとは!チョハにご報告申し上げねば・・・。


臣下達は、それぞれに思案しながらブツブツと言っている。


「ああ、おいしかった。家に帰ったら、オモニにお願いして白いご飯でオムライスを作って貰うことにするね。」

心が晴れないときにはオムライス、か。うふふ・・・本当だった。

パク・ハは上機嫌に微笑んだ。



_____________________________________

「ピニョ」も「コチ」も「かんざし」と訳されますが、日本のかんざしに近いのはピニョの方でしょうね。
コチはシニョン(お団子)に差し込む髪飾りと言った感じでしょうか?
pinyo-13-1.jpg
コチ 色んなのがあるけど、↓蝶のモチーフ
cochi-4-3.jpg
両方着けるとこんな感じ
hear1.jpg

ちなみに既婚女性が髪を上げてました。独身女性は後ろに長く三つ編みを下げてます。(その三つ編みに結びつけるリボンがテンギですね。)

ノリゲは、チマチョゴリを着る時に、チョゴリから下げて遣う女性の服飾品です。(チサンは持ってるらしい。w 当然ながら、ピニョもコチも持ってる。ww)
img_3.jpg

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