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「長編(完結)」
目覚めたテヨン

目覚めたテヨン 9

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シャワーを浴びることで幾分かすっきりした。

タオルで頭をふきながらダイニングキッチンを覗くと、住み込みのお手伝いさんが朝食の準備をしていたが、僕に気付いておはようございますと言った。
僕も朝の挨拶をしながら、冷蔵庫を開け水のペットボトルを出す。
グラスに注いだ水を一気に飲み干すことで一心地着いた。

「あら、テヨン。今朝は早いのね。」

大叔母がやって来て僕に声を掛け、食卓に着く。
お手伝いさんが大叔母に挨拶をし、僕も大叔母に挨拶をして食卓に着いた。

いつものように朝食を摂りながら、大叔母の話に適当に相槌を打つ。
最近食べたスイーツの話だとか、新調したドレスの話、お友達の家の猫の話や、新しくできたエステサロンの話。
僕が興味を示そうはずもない話題ばかりで、時々、へえ、とか、そうですか、としか言わない。
それでも、大叔母は満足気に話し続けている。

この広い屋敷に大叔母と僕の他は、住み込みのお手伝いさんと、大叔母の為に運転手が一人いるだけ。
食事はもっぱら二人きりだったので、朝食だけは大叔母と摂るようにしていた。

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リビングのソファに座って、ただなんとなく窓の外を眺めていた。

僕が彼ではなかった、という確信を持てたことは、とりあえず良いことだった。

人から、あなたはこうだった、ああだった、こうした、ああしたと言われても、僕自身の記憶にない以上不安を覚えてしまう。かと言って、彼が僕として祖母の遺産を相続し今の僕に託してくれたという事実を、人に知られるわけにもいかなかったから、不安をぶちまけることも許されない。
彼と僕とを同一人物だと思って疑いもしない人が圧倒的多数で、秘密の漏れる心配がないことこそが、かえって、彼は僕だったのでは、との思いを抱かせていた。僕自身をして僕が僕として在ることを揺るがしてもいたのだ。

僕は、僕という人間だ。そう確信できたことが、こんなにも気持ちを楽にしてくれるとは・・・。

あとは、パク・ハさんのこと、だな。
いつ、どこで、どんな風に会ったことがあるのか・・・。
本人に訊く?
僕とどこで会いましたか?
いや、それだと意味がない。訊いて思い出せればいいけれど、そうでなければまた不安になるだけだ。

もし、会ったことはない、と言われたら?

実は、それが一番、怖かった。

それに、彼そっくりの僕をどう思うだろうか?・・・彼の代わりとしてしか見てもらえないかもしれない。

「何よ、テヨン。百面相しちゃって気持ち悪いわよ。」

いつの間にかリビングに来ていた大叔母によって思案の淵から現実に引き戻された。
大叔母はお手伝いさんにコーヒーを頼んで、僕の向かいに腰かける。

「家に居るなんて、珍しいわね。」

大叔母の言う通り、僕が家に居るというのは珍しいことだった。
会社に通い始めたころは、仕事を覚えるのに必死で帰宅が遅れた。
企画を任されるようになると、成果を上げようと夜遅くまで働いた。出張にも度々出かけた。
休みの日には、絵を描きに行くと言って朝から家を空けた。

僕の体調を心配してくれた大叔母は、ほどほどになさい、と何度も言ってくれたのだけれど。
実は、目の前の大叔母を避けていた。

大叔母の話はとりとめがなくて、僕が興味を持ちそうな話はほとんどしない。それ自体は一向に構わない。
おばあ様やテム従兄さんのことに話が及ぶと、涙を流したりもするから、僕が慰めたりもした。
そして、僕の話になる時、しばしば違和感を覚えた。
身に覚えのないことを話題にされると、彼がしたことを言っているんだな、とは思うものの、家族である大叔母が僕の言動だったこととして意識もせずに語り続け、話の時系列もおかしくなっていたりするものだから、僕が覚えていないだけなのかもしれないと思わされて、混乱させられた。

お手伝いさんがコーヒーを運んできて、テーブルに置き、会釈をし、またキッチンへと戻って行った。

大叔母はコーヒーにミルクを注ぎ込みながら、ちらっと僕を見た。

「最近、仕事はどうなの?」

僕はブラックのまま、コーヒーを口に運ぶ。

「・・・今は、一段落したかな。」

大叔母が仕事のことを聞きたいわけではないのは、表情を見れば明らかだった。

「社長に褒められたよ。」

「そう。その、テクスさん・・・社長は元気?」

名前で言ったものの、あわてて社長と言い直す。

僕の仕事の内容も、何を褒められたのかも、大叔母にはどうでもいいことらしい。
いつものことだけどね。

「元気だよ。」

社長自身が、大叔母様と「政略結婚」してしまえばいいのに。こんなに社長に夢中なんだから簡単じゃないか。
社長として安泰になるし、僕が大叔母様の話に付き合う必要もなくなるし。
あ、社長は社長職に執着してないんだっけ?だから、大叔母様を冷たくあしらえるんだな。

大叔母は、僕がくすりと笑ったのにも気付かない。

「そう。良かったわ。・・・私のこと、なんか言ってた?」

大叔母は、何気ない風を装ってコーヒーを一口啜った。

「大叔母様のこと?ああ、言ってたよ。」

「えっ?なんて?」

喜びがにじみ出ている。

「『ソリさんは、テヨンを困らせてないか?』だって。何かあったら社長に言うようにだってさ。」

それは嘘ではなかったが、かなり省略した言い方だ。

ソリさんの話し方は、テヨンを混乱させるだろう。困ったら俺に言え。話を整理してやる。

社長からは、ことあるごとにそう言われていた。

社長は大叔母様のこと、よく分かっているし、いつも気にかけていることは確かだよ。

「なによ、それ。ひどいわね。」

可哀そうなほど落胆している。それでも、更に社長のことを聞き出したくて、何かを言いたいのだが、何を言ったらいいのか分からない風で考えている。

大叔母には申し訳なかったが、僕はふとあることを思いついて、大叔母の思案を遮ることにした。

「ねぇ、大叔母様。そんなに彼は僕に似ていた?」

大叔母は僕の一言に、新たな興味を覚えたらしく、目を輝かせた。

「そっくりだったわよ!お義姉様も私もすっかり騙されたわ。」

そして、勢いよくしゃべり始めた。
相変わらず時系列はむちゃくちゃだったが、今は、僕じゃない彼のこととして落ち着いて聞くことができたから、後から整理すればいい。



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