「長編(完結)」
目覚めたテヨン
目覚めたテヨン 10
大叔母の話には、社長から聞いたことのない話も多く含まれていた。
最初は「ヨン・テヨン」であることを否定していた。
人を探しに来たと言った。
僕が失踪した時と同じ時期の記憶はないと言った。
彼もテム従兄さんに殴られて海に落ちた。
その後、病院で目覚めたとき「ヨン・テヨン」を名乗った。
三人の友達と一緒に、パク・ハさんの家に居た。
屋根部屋を買ってくれと言った。記憶を取り戻すため、そこに住むという理由で。
「遺産相続した後、屋根部屋に戻るとか言い出して、びっくりしたわよ。本当のテヨンはまだ病院に居るって言うじゃない?それで一緒に病院に行ったら、テヨンが二人いるんだもの、言葉を失ったわよ。」
僕と彼とが別人だったことを大いに裏付けてくれたその言葉は、大叔母が大変な衝撃を受けたことを物語っている。
彼女は2杯目のコーヒーに手を付けた。
「財産が狙いなのかもって思ってたけど、会社はテクスさんに任せちゃったし、何が目的だったのか今でも分からないのよね。テヨンのカードで買い物はしてたみたいだけど、大した金額でもなかったし。テクスさんが、屋根部屋はパク・ハに貸したままにしてくれって言うから、そうしたの。彼女、引っ越すって言ってたんだけどね。」
社長のことを、いつの間にか名前で呼んでいる。
「パク・ハさんと話したことがあるの?」
「当たり前じゃない。今でも、時々、ジュースも買いに行ってるし・・・。恋人に去られるなんて、可哀そうよ。男ってひどいわよね。」
社長を思い浮かべているらしかったが、それは僕にはどうでもいい。
「イ・ガク は、どこに行っちゃったのかしらね?」
「・・・誰のこと?」
「何、言ってるのよ。今、話してる男のことじゃない。」
呆れたように僕を見るが、初めて聞いた名だった。
「初耳です。彼の名前は知らなかった。」
「テクスさんに聞いてないの?」
「社長も知らないって。」
彼の名前を知っただけでも収穫だったが、大叔母のおしゃべりは止まらなかった。
時代劇で聞くような話し方だった。
甘いものが好きだった。
それらは僕との相違点だ。
もっと早くに、大叔母とじっくり話していれば良かったのかも知れない。
けれど、今の僕だから落ち着いて話を聞くことができる。
どんな些細なことでも、自分で思い出さなきゃ意味がない。人から聞く話は作り話のようにしか聞こえない。
でも、社長と大叔母が同席した上でいろいろ話してくれていたら、僕の悩みも、不安も、もうちょっとは少なくなっていたのかも知れない。この時ほど、大叔母の恋を実らせる必要性を感じたことはない。
社長だって、ずっと独り身で会社第一の生活じゃ、これから先寂しさを感じるんじゃないだろうか。
そんな風に考えられるのも、精神的に余裕ができてきた証のように思われた。
「パク・ハも可哀そうよね。散々お義姉様に誤解されて。しかも、テヨンの方がパク・ハのことが好きだったから一緒にいた、なんて言ってたくせに、結婚は別、とか言っちゃってホン秘書と婚約しちゃうし。それでも彼女との同居を解消しようともしないなんて、二股じゃない?挙句の果てに彼女を置いてどこか行っちゃって、全然戻ってこないし。そんな風に捨てられちゃ、堪んないわよね。」
「大叔母さま!誰が誰と婚約したですって?!」
驚きのあまり、僕はソファから腰を浮かせた。
「テヨンがホン秘書と。・・・ああ、でもテヨンが心変わりしたってすぐ解消しちゃったの。」
イ・ガクが僕になってしまってることを、気にする風もなく大叔母は話す。
当の僕はいろんなことを同時に考えていた。とりあえず、ソファに座り直す。
ホン秘書って、パク・ハさんのお姉さんじゃないか。
妹と恋人同士なのに姉と婚約して破談?妹も捨ててった?
それも「ヨン・テヨン」がしたことに・・・なってる。
後頭部を殴りつけられた気がした。
「大叔母様。チャン会長は総てご存知なんですか?」
「えっ?ああ、香港の株主の?ホン秘書の実母だったわね。」
パク・ハさんの実母でもある・・・ことは知らないのか・・・。
大叔母様がその事実を知ったら、大騒ぎに、なるな。
「お義姉さまが亡くなる直前に、実は母親だって話が出たから・・・知らないんじゃない?ホン秘書だって、そんなこと言いたくないわよ。」
・・・母親が知ってたら僕に対して笑顔は向けられないはず。
チャン会長と話した昨日のことを思い出して、僕はとりあえず胸をなでおろした。
大叔母は残りのコーヒーをのどに流し込んだ。
そして、お手伝いさんにリンゴジュースを持って来るよう頼む。
「パク・ハのリンゴジュースがおいしいんだけど、今は仕方ないわ。」
あれだけしゃべれば、のども乾くだろう。
「あ、そうだ、テヨン。私をモデルに絵を描いてよ。」
唐突にそう言われて、見れば、なにやらポーズをとっている。
まいったな・・・。
「大叔母様。僕は人物画は描かないよ。」
苦笑しながらそう告げた。
僕は決まって風景画をスケッチしていた。
NYでボートを借りたのも、海から見る景色を描きたかったからだ。
その時、僕がテム従兄さんを誘ったってことらしいけど・・・。
「嘘ばっかり。若い女のコなら描くくせに。・・・もういいわよ。」
大叔母はへそを曲げて席を立ってしまった。
お手伝いさんが持ってきたリンゴジュースを、奪うようにして自室に向かう。
若い女のコがモデルでも描かないよ。
その時
何かが頭の中をよぎった。
NY テム従兄さん リンゴ 人物画 女のコ
リンゴ 女のコ スケッチ NY 人物画 テム従兄さん
何だろう?
単語が頭の中で渦巻いて、つながりそうで、つながらない。
そして、唐突に「蝶」という単語が浮かびあがり、パク・ハさんの姿が思い浮かんだ。
そして、朦朧として遠のいていく意識の中で、僕の名を、叫ぶように呼ぶ大叔母の声を聞いた。
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ドラマの中で、テヨンのスケッチブックに一人の人をモデルにした絵はなかったように思います。
ただ、街中の、通りの人々を描いたようなものはありました。
個人を描いてない=群像=風景ということにしておいてください。
最初は「ヨン・テヨン」であることを否定していた。
人を探しに来たと言った。
僕が失踪した時と同じ時期の記憶はないと言った。
彼もテム従兄さんに殴られて海に落ちた。
その後、病院で目覚めたとき「ヨン・テヨン」を名乗った。
三人の友達と一緒に、パク・ハさんの家に居た。
屋根部屋を買ってくれと言った。記憶を取り戻すため、そこに住むという理由で。
「遺産相続した後、屋根部屋に戻るとか言い出して、びっくりしたわよ。本当のテヨンはまだ病院に居るって言うじゃない?それで一緒に病院に行ったら、テヨンが二人いるんだもの、言葉を失ったわよ。」
僕と彼とが別人だったことを大いに裏付けてくれたその言葉は、大叔母が大変な衝撃を受けたことを物語っている。
彼女は2杯目のコーヒーに手を付けた。
「財産が狙いなのかもって思ってたけど、会社はテクスさんに任せちゃったし、何が目的だったのか今でも分からないのよね。テヨンのカードで買い物はしてたみたいだけど、大した金額でもなかったし。テクスさんが、屋根部屋はパク・ハに貸したままにしてくれって言うから、そうしたの。彼女、引っ越すって言ってたんだけどね。」
社長のことを、いつの間にか名前で呼んでいる。
「パク・ハさんと話したことがあるの?」
「当たり前じゃない。今でも、時々、ジュースも買いに行ってるし・・・。恋人に去られるなんて、可哀そうよ。男ってひどいわよね。」
社長を思い浮かべているらしかったが、それは僕にはどうでもいい。
「イ・ガク は、どこに行っちゃったのかしらね?」
「・・・誰のこと?」
「何、言ってるのよ。今、話してる男のことじゃない。」
呆れたように僕を見るが、初めて聞いた名だった。
「初耳です。彼の名前は知らなかった。」
「テクスさんに聞いてないの?」
「社長も知らないって。」
彼の名前を知っただけでも収穫だったが、大叔母のおしゃべりは止まらなかった。
時代劇で聞くような話し方だった。
甘いものが好きだった。
それらは僕との相違点だ。
もっと早くに、大叔母とじっくり話していれば良かったのかも知れない。
けれど、今の僕だから落ち着いて話を聞くことができる。
どんな些細なことでも、自分で思い出さなきゃ意味がない。人から聞く話は作り話のようにしか聞こえない。
でも、社長と大叔母が同席した上でいろいろ話してくれていたら、僕の悩みも、不安も、もうちょっとは少なくなっていたのかも知れない。この時ほど、大叔母の恋を実らせる必要性を感じたことはない。
社長だって、ずっと独り身で会社第一の生活じゃ、これから先寂しさを感じるんじゃないだろうか。
そんな風に考えられるのも、精神的に余裕ができてきた証のように思われた。
「パク・ハも可哀そうよね。散々お義姉様に誤解されて。しかも、テヨンの方がパク・ハのことが好きだったから一緒にいた、なんて言ってたくせに、結婚は別、とか言っちゃってホン秘書と婚約しちゃうし。それでも彼女との同居を解消しようともしないなんて、二股じゃない?挙句の果てに彼女を置いてどこか行っちゃって、全然戻ってこないし。そんな風に捨てられちゃ、堪んないわよね。」
「大叔母さま!誰が誰と婚約したですって?!」
驚きのあまり、僕はソファから腰を浮かせた。
「テヨンがホン秘書と。・・・ああ、でもテヨンが心変わりしたってすぐ解消しちゃったの。」
イ・ガクが僕になってしまってることを、気にする風もなく大叔母は話す。
当の僕はいろんなことを同時に考えていた。とりあえず、ソファに座り直す。
ホン秘書って、パク・ハさんのお姉さんじゃないか。
妹と恋人同士なのに姉と婚約して破談?妹も捨ててった?
それも「ヨン・テヨン」がしたことに・・・なってる。
後頭部を殴りつけられた気がした。
「大叔母様。チャン会長は総てご存知なんですか?」
「えっ?ああ、香港の株主の?ホン秘書の実母だったわね。」
パク・ハさんの実母でもある・・・ことは知らないのか・・・。
大叔母様がその事実を知ったら、大騒ぎに、なるな。
「お義姉さまが亡くなる直前に、実は母親だって話が出たから・・・知らないんじゃない?ホン秘書だって、そんなこと言いたくないわよ。」
・・・母親が知ってたら僕に対して笑顔は向けられないはず。
チャン会長と話した昨日のことを思い出して、僕はとりあえず胸をなでおろした。
大叔母は残りのコーヒーをのどに流し込んだ。
そして、お手伝いさんにリンゴジュースを持って来るよう頼む。
「パク・ハのリンゴジュースがおいしいんだけど、今は仕方ないわ。」
あれだけしゃべれば、のども乾くだろう。
「あ、そうだ、テヨン。私をモデルに絵を描いてよ。」
唐突にそう言われて、見れば、なにやらポーズをとっている。
まいったな・・・。
「大叔母様。僕は人物画は描かないよ。」
苦笑しながらそう告げた。
僕は決まって風景画をスケッチしていた。
NYでボートを借りたのも、海から見る景色を描きたかったからだ。
その時、僕がテム従兄さんを誘ったってことらしいけど・・・。
「嘘ばっかり。若い女のコなら描くくせに。・・・もういいわよ。」
大叔母はへそを曲げて席を立ってしまった。
お手伝いさんが持ってきたリンゴジュースを、奪うようにして自室に向かう。
若い女のコがモデルでも描かないよ。
その時
何かが頭の中をよぎった。
NY テム従兄さん リンゴ 人物画 女のコ
リンゴ 女のコ スケッチ NY 人物画 テム従兄さん
何だろう?
単語が頭の中で渦巻いて、つながりそうで、つながらない。
そして、唐突に「蝶」という単語が浮かびあがり、パク・ハさんの姿が思い浮かんだ。
そして、朦朧として遠のいていく意識の中で、僕の名を、叫ぶように呼ぶ大叔母の声を聞いた。
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ドラマの中で、テヨンのスケッチブックに一人の人をモデルにした絵はなかったように思います。
ただ、街中の、通りの人々を描いたようなものはありました。
個人を描いてない=群像=風景ということにしておいてください。

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