「長編(完結)」
記憶
記憶 9
イ・ガクの膝の上にその頭を預けてパク・ハが寝入っていた。
大きな手で髪を撫でつけられて気持ち良さそうにしている。
「チョハ、恐れながら・・・」
「何だ?」
イ・ガクはパク・ハから視線を外さないまま、マンボに答えた。
「この東宮殿に、パク・ハさんを留置くのにも限界があるかと存じます。」
「・・・分かっておる。」
小さなパク・ハが現れて三日。
どうやって元の時代に還してやればいいのかは、皆目見当がつかない。
自分達がパク・ハの時代に飛ばされた時のように、この小さな少女にも成すべき“何か”があるはずなのだ。
本人は幼すぎて自分が何をしに来たのかなど分かってもいないようだ。
「そちは、どう思う?マンボ。」
「何故、パク・ハさんは朝鮮に来られたのでしょうか?しかも、こんな幼い姿で・・・。この頃のパク・ハさんの身に何かあって、それを解決するために来られた、ということではないでしょうか?」
「幼い頃、事故に遭い、記憶を失ったと申しておった。その事故の衝撃でここに飛ばされて来たのであろう。」
イ・ガクはゆっくりと視線を臣下達に向けた。溜息を一つ吐いて続ける。
「その事故で記憶を失い、父のことも母のことも分からなくなった、と。
それ故、美国 に養子に出されたそうだ。」
「今のパク・ハヌイには記憶がございます。」
チサンが掠れた声で言った。
「私と初めて出会った時、パッカは私のことを知らなかった。無論、私とて、よもやこのように幼い時分のパッカに後々出会うことになろうとは、その時には想像もし得なかった。
パッカが元の時代に還って成長し、私に出会う運命ならば、今のこの記憶を持ち還ることは、ならぬ。」
「チョハ。・・・パク・ハ殿をお還しになられるのですか?」
ヨンスルが躊躇いがちにそう言った。
「・・・還してやる、と約束した。」
「恐れながら・・・本心にございますか?」
マンボが上目遣いに言う。
「・・・パク・ハさん以外に、世子嬪をお迎えにならぬと、そう仰せになったそうですね。」
イ・ガクの視線は眠るパク・ハに固定されていた。
パク・ハは文机に向かい、一心不乱に筆を動かしている。
自分の名前くらい書けるように練習しておくがよい。
イ・ガクの言葉に素直に従っているわけである。
その様子に彼は満足げに頷いて、少女の頭の上にその大きな手を乗せると、ぽんぽんと拍子を取った。
「いってまいる。」
普段、自分の居室を出るのにそんな挨拶はしない。
「いってらっしゃい。」
パク・ハに向けて微かに笑い、イ・ガクは政務の為にその居室を後にした。
しばらくしてパク・ハが手を止め筆を置いた。
傍に控えている臣下達を見上げる。
「ねえ?」
「はい?なんですか、パッカヌイ?」
「チョハの奥さんて、どんな人?」
えっ、と臣下達は顔を見合わせた。
「離婚したんだよね?・・・その人は、今、どうしてるの?子供、いるのかな?」
マンボがコホンと咳払いをして姿勢を正した。
「お子様はおいでではありません。・・・世子嬪だった方は、遠くに居られます。」
「・・・ふうん。」
「何故、そのようなことをお聞きになりますので?」
「チョハにね。プロポーズされたの。」
パク・ハは心なしか顔を赤らめながら言った。
「「「えっーーーーーー!!」」」
三人が揃いも揃って大声を出したので、パク・ハの肩がびくっと揺れた。
「パク・ハさん!真にございますか!」
マンボは身を乗り出さんばかりになっている。
チサンは天井を仰ぎながら、ぶつぶつと何事か呟いている。
ヨンスルは仰け反って呆然としていた。
「私が大人になったら、結婚するっって。それまで、誰とも結婚しないって。」
「チョハが、そう仰せになられたのですか?」
「うん。だからね・・・チョハが浮気しないように見張ってて。」
私が大人になるまでって、まだまだ、ずぅっと先でしょう?
チョハ、格好いいし・・・。
あっ!指切りするの忘れた!帰ってきたら、指切りしよう!三人が承認ね。
嬉しそうに言い募るパク・ハを、臣下三人は呆然と見つめていた。
書の練習にも飽き、臣下三人を相手に遊んでいたパク・ハは疲れたのか寝入ってしまった。
そこにイ・ガクが戻って来たのである。
「『大人になったら』と仰せなのは、
あの『時を越えたとき』の過去の出会いのことを言っておいでなのですか?」
「私には過去でも、パッカには、まだ体験しておらぬ未来のことだ。」
「恐れながら、チョハ。このまま、朝鮮に留置いて
・・・世子嬪としてお迎えになられたらよろしいではありませんか。」
「十年、いえ、五年もすれば美しく成長なさるはずです。」
「・・・チョハ。」
「・・・ならぬ。パッカは元の時代に、還す。」
イ・ガクが絞り出すように言う。
「還す方法も分からぬではないですか!」
「還ったとしても、父も母も忘れ、遠い異国の地に追いやられるだけです!」
「いっそ、このままチョハのお傍に居た方が、お幸せなのでは?」
イ・ガクは三人を睨んだ・・・つもりだったが、その目は哀しみに彩られている。
「パク・ハさんをお還しになられて、生涯、独身を貫くおつもりなのですか?」
世子嬪を、妃を娶らぬ世子などあり得ない。
独身の王などあり得ない。
王の血統を絶やすなどあり得ない。
それは、世子の地位を放棄することに他ならないのである。
「世子嬪の養父にならば、有力な両班が名乗りを上げることでございましょう。」
マンボの言う通り、パク・ハを名のある両班の養女とすれば世子嬪として迎えることも可能だった。
まして、新たな世子嬪を、という声が高まっている。
イ・ガクはまだ若い。幼い少女であってもその位置につけ、その成長を待ったとしても、まるきり独身でいるよりは重臣達の抑えが効くであろう。
何より、イ・ガクが望んで止まない、当のパク・ハなのだ。
パッカを、政治に巻き込めと申すのか!
「黙れ!!」
イ・ガクが怒鳴る。
「もうよい!下がれ!」
パク・ハがうーんと伸びをして、ぱちりと目を開けた。
____________________________________
美国 = 米国
韓国ではアメリカのことをこう言います。
大きな手で髪を撫でつけられて気持ち良さそうにしている。
「チョハ、恐れながら・・・」
「何だ?」
イ・ガクはパク・ハから視線を外さないまま、マンボに答えた。
「この東宮殿に、パク・ハさんを留置くのにも限界があるかと存じます。」
「・・・分かっておる。」
小さなパク・ハが現れて三日。
どうやって元の時代に還してやればいいのかは、皆目見当がつかない。
自分達がパク・ハの時代に飛ばされた時のように、この小さな少女にも成すべき“何か”があるはずなのだ。
本人は幼すぎて自分が何をしに来たのかなど分かってもいないようだ。
「そちは、どう思う?マンボ。」
「何故、パク・ハさんは朝鮮に来られたのでしょうか?しかも、こんな幼い姿で・・・。この頃のパク・ハさんの身に何かあって、それを解決するために来られた、ということではないでしょうか?」
「幼い頃、事故に遭い、記憶を失ったと申しておった。その事故の衝撃でここに飛ばされて来たのであろう。」
イ・ガクはゆっくりと視線を臣下達に向けた。溜息を一つ吐いて続ける。
「その事故で記憶を失い、父のことも母のことも分からなくなった、と。
それ故、
「今のパク・ハヌイには記憶がございます。」
チサンが掠れた声で言った。
「私と初めて出会った時、パッカは私のことを知らなかった。無論、私とて、よもやこのように幼い時分のパッカに後々出会うことになろうとは、その時には想像もし得なかった。
パッカが元の時代に還って成長し、私に出会う運命ならば、今のこの記憶を持ち還ることは、ならぬ。」
「チョハ。・・・パク・ハ殿をお還しになられるのですか?」
ヨンスルが躊躇いがちにそう言った。
「・・・還してやる、と約束した。」
「恐れながら・・・本心にございますか?」
マンボが上目遣いに言う。
「・・・パク・ハさん以外に、世子嬪をお迎えにならぬと、そう仰せになったそうですね。」
イ・ガクの視線は眠るパク・ハに固定されていた。
パク・ハは文机に向かい、一心不乱に筆を動かしている。
自分の名前くらい書けるように練習しておくがよい。
イ・ガクの言葉に素直に従っているわけである。
その様子に彼は満足げに頷いて、少女の頭の上にその大きな手を乗せると、ぽんぽんと拍子を取った。
「いってまいる。」
普段、自分の居室を出るのにそんな挨拶はしない。
「いってらっしゃい。」
パク・ハに向けて微かに笑い、イ・ガクは政務の為にその居室を後にした。
しばらくしてパク・ハが手を止め筆を置いた。
傍に控えている臣下達を見上げる。
「ねえ?」
「はい?なんですか、パッカヌイ?」
「チョハの奥さんて、どんな人?」
えっ、と臣下達は顔を見合わせた。
「離婚したんだよね?・・・その人は、今、どうしてるの?子供、いるのかな?」
マンボがコホンと咳払いをして姿勢を正した。
「お子様はおいでではありません。・・・世子嬪だった方は、遠くに居られます。」
「・・・ふうん。」
「何故、そのようなことをお聞きになりますので?」
「チョハにね。プロポーズされたの。」
パク・ハは心なしか顔を赤らめながら言った。
「「「えっーーーーーー!!」」」
三人が揃いも揃って大声を出したので、パク・ハの肩がびくっと揺れた。
「パク・ハさん!真にございますか!」
マンボは身を乗り出さんばかりになっている。
チサンは天井を仰ぎながら、ぶつぶつと何事か呟いている。
ヨンスルは仰け反って呆然としていた。
「私が大人になったら、結婚するっって。それまで、誰とも結婚しないって。」
「チョハが、そう仰せになられたのですか?」
「うん。だからね・・・チョハが浮気しないように見張ってて。」
私が大人になるまでって、まだまだ、ずぅっと先でしょう?
チョハ、格好いいし・・・。
あっ!指切りするの忘れた!帰ってきたら、指切りしよう!三人が承認ね。
嬉しそうに言い募るパク・ハを、臣下三人は呆然と見つめていた。
書の練習にも飽き、臣下三人を相手に遊んでいたパク・ハは疲れたのか寝入ってしまった。
そこにイ・ガクが戻って来たのである。
「『大人になったら』と仰せなのは、
あの『時を越えたとき』の過去の出会いのことを言っておいでなのですか?」
「私には過去でも、パッカには、まだ体験しておらぬ未来のことだ。」
「恐れながら、チョハ。このまま、朝鮮に留置いて
・・・世子嬪としてお迎えになられたらよろしいではありませんか。」
「十年、いえ、五年もすれば美しく成長なさるはずです。」
「・・・チョハ。」
「・・・ならぬ。パッカは元の時代に、還す。」
イ・ガクが絞り出すように言う。
「還す方法も分からぬではないですか!」
「還ったとしても、父も母も忘れ、遠い異国の地に追いやられるだけです!」
「いっそ、このままチョハのお傍に居た方が、お幸せなのでは?」
イ・ガクは三人を睨んだ・・・つもりだったが、その目は哀しみに彩られている。
「パク・ハさんをお還しになられて、生涯、独身を貫くおつもりなのですか?」
世子嬪を、妃を娶らぬ世子などあり得ない。
独身の王などあり得ない。
王の血統を絶やすなどあり得ない。
それは、世子の地位を放棄することに他ならないのである。
「世子嬪の養父にならば、有力な両班が名乗りを上げることでございましょう。」
マンボの言う通り、パク・ハを名のある両班の養女とすれば世子嬪として迎えることも可能だった。
まして、新たな世子嬪を、という声が高まっている。
イ・ガクはまだ若い。幼い少女であってもその位置につけ、その成長を待ったとしても、まるきり独身でいるよりは重臣達の抑えが効くであろう。
何より、イ・ガクが望んで止まない、当のパク・ハなのだ。
パッカを、政治に巻き込めと申すのか!
「黙れ!!」
イ・ガクが怒鳴る。
「もうよい!下がれ!」
パク・ハがうーんと伸びをして、ぱちりと目を開けた。
____________________________________
韓国ではアメリカのことをこう言います。
~ Comment ~
Re: ふにゃん様
ふにゃん様
> どうあっても切なくなるのは必須なのでしょうか…(/ー ̄;)
す、すみません。私の描くイ・ガクって・・・
切なくて、切なくて・・・
私もイ・ガクの幸せを願ってはいるのですが・・・・。
> どうあっても切なくなるのは必須なのでしょうか…(/ー ̄;)
す、すみません。私の描くイ・ガクって・・・
切なくて、切なくて・・・
私もイ・ガクの幸せを願ってはいるのですが・・・・。
Re: k***様へ
k***様
こちらこそ、いつもありがとうございます。
そうそう、言われなくても・・・なんですよ。
マンボも分かってると思うんですけどねぇ。主君大事で敢えて言ったのかもなぁ。
こんなに切ないのに、ホント、ありがとうございます。
こちらこそ、いつもありがとうございます。
そうそう、言われなくても・・・なんですよ。
マンボも分かってると思うんですけどねぇ。主君大事で敢えて言ったのかもなぁ。
こんなに切ないのに、ホント、ありがとうございます。
Re: か****様へ
か****様
皆様、一様に「せつない」と仰います。
書いてる私もせつないです。(/_;)
スミマセン。m(__)m
家の中に風邪ひきさんが居ると、大変ですよね。
特に小さなお子様は・・・。
なんで口に入れちゃうんでしょうねぇ?(汗)みんな通る道?w
皆様、一様に「せつない」と仰います。
書いてる私もせつないです。(/_;)
スミマセン。m(__)m
家の中に風邪ひきさんが居ると、大変ですよね。
特に小さなお子様は・・・。
なんで口に入れちゃうんでしょうねぇ?(汗)みんな通る道?w
パッカがここに来た目的も私にはさっぱり分かりません…( ̄▽ ̄;)
神様、仏様、ありちゃん様、どうかイ・ガクを幸せに(;_q)(;_q)