「長編(完結)」
記憶
記憶 10
パク・ハがその頭をもたげて、眠そうにしながら目を擦っている。
イ・ガクの膝の上で眠っていたことに気付いて、えへへ、と笑った。
「チョハ、お帰りなさい。お仕事終わったの?」
イ・ガクは、うむ、と口の中で小さく言った。
「そうだ!チョハ!指切り!指切りしよう!」
パク・ハが勢い込んで言うのへ、何故だ?とイ・ガクは言った。
更にパク・ハが言い募ろうとするのを不機嫌に手で制して、臣下3人に視線を送る。
下がれと命じられたものの、そこはまだ食い下がろうとしていたのだが、パク・ハが目を覚ましてしまったので言いあぐねて、でも下がるわけにはいかないといった風情である。
「・・・パッカ。・・・三人と一緒に、芙蓉亭に行っておれ。私もすぐに参る。」
パク・ハを臣下達の方へ押しやる。
肩を押されながら、パク・ハが首だけ後ろに向ける。
「チョハ?・・・すぐ、来る?ホントに?」
「ああ。」
イ・ガクはパク・ハを見ようとはしなかった。
不穏な空気を感じはするが、それでも気付かない振りをしてパク・ハはにこりと笑った。
「ホントにすぐ来てよ?大事な話があるんだから・・・。」
パク・ハは臣下達に向かって、行こう!と元気よく声を掛けた。
誰もいなくなった部屋で、イ・ガクは独り物思いに沈んでいく。
あのような発言。・・・・マンボらしくないではないか。
三人の中でもずば抜けて頭がよく、物事もわきまえている。
物の道理の分からぬ者ではない。
そのマンボが、パク・ハを朝鮮に留めよ、と言い出すなど、イ・ガクには晴天の霹靂であったのだ。
初めてパク・ハに出会ったのは、もう一年以上も前だ。自分達からすれば過去のこと。
小さなパク・ハを朝鮮に留置いて、元の時代に還してやらなければ“過去”に出会ったはずのパク・ハが存在しなかったことになる。
“過去”は変えられぬ。・・・道理には逆らえぬ。
それが分からぬマンボではないはず・・・。
パク・ハはチサンと手を繋いで歩き、その後ろをヨンスルが追った。
更に間を空けて、マンボがとぼとぼと歩く。
マンボもまた、歩きながら、思案の淵に沈んでいた。
我々にとっては、パク・ハさんとの出会いは過去のことだ。
幼いパク・ハさんをこのまま朝鮮に留置けば、我々の過去が変わる、だろう。
チョハは道理に合わぬとお考えなのであろうが・・・。
ああ、私にも分かっている。
あの時代にパク・ハさんが存在していなければ、我々は右も左も分からず、路頭に迷い、みじめに死んでいたかもしれない。
・・・それが、なんだと言うのだ。
チョハにお会いすることができなければ・・・我々の命など・・・虫けらに等しかったではないか。
ウ翊賛は処刑される運命であったし、ト内官は盲腸とやらで命を落としていたかも知れぬ。
私にしたって・・・明るい未来はなかったのだ。
パク・ハさんが元の時代に戻れば、やがて成長された姿でチョハにお会いになるはず・・・。
それは、パク・ハさんにしてみれば“未来”に起こること。
未来など・・・これから起こることであって、既に決定しているなど、そんなはずはないではないか。
“未来”を変えようとして、何が悪いのだ!
ああ、でも、チョハの過去が変わってしまえば、今のチョハも、おいでではないのかも知れない・・・。
それでも!
チョハのお苦しみが少しでも癒されるのならば・・・このまま、パク・ハさんをお傍に・・・。
人の世の理 も、天地の道理も、そんなもの!
・・・時を越えるなどということ自体・・・どんな“道理”だったと言うのだ!くそっ!!
マンボが理性と感情の狭間で答えの出ない物思いに耽りながら歩いているその背後から、馬の蹄の音が近付いて来るのを感じた。
馬?王宮内で?
まさか、そんな筈があるわけないではないか、と気のせいだと思おうとしたが、蹄の音は近付いて来る。
マンボが振り向いた時、確かに馬が見えた。馬上に王世子の姿を認めた。
そして、あっという間に目の前まで迫り来てマンボを追い抜き、前を歩くパク・ハ達に迫った。
イ・ガクは手綱を引き、馬は一声いなないて、その場で何度か前足を地に打ち付けると急停止した。
「チョハ!」
マンボが駆け寄った時、チサンとヨンスルは驚いて立ち止まり、パク・ハは目を真ん丸にして馬上のイ・ガクを見上げている所だった。
「パッカをこちらへ。」
イ・ガクは馬を降りることなく身を屈めて、手を差し伸べる。
ヨンスルがパク・ハを抱き上げ、イ・ガクのその手に少女を預けた。
パク・ハを自分の胸の前で馬に跨らせると、少女の後ろから手綱を握る。
臣下三人が口を開くが早いか、イ・ガクは馬の腹を蹴った。
馬は再びいなないて、その足は地を蹴りだす。
「「「チョハ!」」」
「そちらは、東宮殿へ帰っておれ!」
振り向きざま王世子が叫ぶ。
東宮殿で待っておれ。イ・ガクはそれだけ命じて、そのまま遠ざかって行った。
イ・ガクの膝の上で眠っていたことに気付いて、えへへ、と笑った。
「チョハ、お帰りなさい。お仕事終わったの?」
イ・ガクは、うむ、と口の中で小さく言った。
「そうだ!チョハ!指切り!指切りしよう!」
パク・ハが勢い込んで言うのへ、何故だ?とイ・ガクは言った。
更にパク・ハが言い募ろうとするのを不機嫌に手で制して、臣下3人に視線を送る。
下がれと命じられたものの、そこはまだ食い下がろうとしていたのだが、パク・ハが目を覚ましてしまったので言いあぐねて、でも下がるわけにはいかないといった風情である。
「・・・パッカ。・・・三人と一緒に、芙蓉亭に行っておれ。私もすぐに参る。」
パク・ハを臣下達の方へ押しやる。
肩を押されながら、パク・ハが首だけ後ろに向ける。
「チョハ?・・・すぐ、来る?ホントに?」
「ああ。」
イ・ガクはパク・ハを見ようとはしなかった。
不穏な空気を感じはするが、それでも気付かない振りをしてパク・ハはにこりと笑った。
「ホントにすぐ来てよ?大事な話があるんだから・・・。」
パク・ハは臣下達に向かって、行こう!と元気よく声を掛けた。
誰もいなくなった部屋で、イ・ガクは独り物思いに沈んでいく。
あのような発言。・・・・マンボらしくないではないか。
三人の中でもずば抜けて頭がよく、物事もわきまえている。
物の道理の分からぬ者ではない。
そのマンボが、パク・ハを朝鮮に留めよ、と言い出すなど、イ・ガクには晴天の霹靂であったのだ。
初めてパク・ハに出会ったのは、もう一年以上も前だ。自分達からすれば過去のこと。
小さなパク・ハを朝鮮に留置いて、元の時代に還してやらなければ“過去”に出会ったはずのパク・ハが存在しなかったことになる。
“過去”は変えられぬ。・・・道理には逆らえぬ。
それが分からぬマンボではないはず・・・。
パク・ハはチサンと手を繋いで歩き、その後ろをヨンスルが追った。
更に間を空けて、マンボがとぼとぼと歩く。
マンボもまた、歩きながら、思案の淵に沈んでいた。
我々にとっては、パク・ハさんとの出会いは過去のことだ。
幼いパク・ハさんをこのまま朝鮮に留置けば、我々の過去が変わる、だろう。
チョハは道理に合わぬとお考えなのであろうが・・・。
ああ、私にも分かっている。
あの時代にパク・ハさんが存在していなければ、我々は右も左も分からず、路頭に迷い、みじめに死んでいたかもしれない。
・・・それが、なんだと言うのだ。
チョハにお会いすることができなければ・・・我々の命など・・・虫けらに等しかったではないか。
ウ翊賛は処刑される運命であったし、ト内官は盲腸とやらで命を落としていたかも知れぬ。
私にしたって・・・明るい未来はなかったのだ。
パク・ハさんが元の時代に戻れば、やがて成長された姿でチョハにお会いになるはず・・・。
それは、パク・ハさんにしてみれば“未来”に起こること。
未来など・・・これから起こることであって、既に決定しているなど、そんなはずはないではないか。
“未来”を変えようとして、何が悪いのだ!
ああ、でも、チョハの過去が変わってしまえば、今のチョハも、おいでではないのかも知れない・・・。
それでも!
チョハのお苦しみが少しでも癒されるのならば・・・このまま、パク・ハさんをお傍に・・・。
人の世の
・・・時を越えるなどということ自体・・・どんな“道理”だったと言うのだ!くそっ!!
マンボが理性と感情の狭間で答えの出ない物思いに耽りながら歩いているその背後から、馬の蹄の音が近付いて来るのを感じた。
馬?王宮内で?
まさか、そんな筈があるわけないではないか、と気のせいだと思おうとしたが、蹄の音は近付いて来る。
マンボが振り向いた時、確かに馬が見えた。馬上に王世子の姿を認めた。
そして、あっという間に目の前まで迫り来てマンボを追い抜き、前を歩くパク・ハ達に迫った。
イ・ガクは手綱を引き、馬は一声いなないて、その場で何度か前足を地に打ち付けると急停止した。
「チョハ!」
マンボが駆け寄った時、チサンとヨンスルは驚いて立ち止まり、パク・ハは目を真ん丸にして馬上のイ・ガクを見上げている所だった。
「パッカをこちらへ。」
イ・ガクは馬を降りることなく身を屈めて、手を差し伸べる。
ヨンスルがパク・ハを抱き上げ、イ・ガクのその手に少女を預けた。
パク・ハを自分の胸の前で馬に跨らせると、少女の後ろから手綱を握る。
臣下三人が口を開くが早いか、イ・ガクは馬の腹を蹴った。
馬は再びいなないて、その足は地を蹴りだす。
「「「チョハ!」」」
「そちらは、東宮殿へ帰っておれ!」
振り向きざま王世子が叫ぶ。
東宮殿で待っておれ。イ・ガクはそれだけ命じて、そのまま遠ざかって行った。
まさか…
あかん!
早まるな、チョハ!