FX

「長編」
記憶

記憶 13 〈最終話〉

 ←記憶 12 →桜花 ~ずっと一緒に~
――――他の誰かと結婚してもいいよ。

パク・ハの言葉にイ・ガクは言葉を失う。

「チョハが迎えに来るって言葉は信じて待ってるよ。
でも・・・でもね、
時間が経てば予想もしないようなことも起こるかも知れないでしょ?
私に会うのが難しくなったら、その時は、他の人と結婚して。」

イ・ガクは黙したままだ。

「私のアッパがそうだもん。
私のオンマに会えなくなって・・・だから、今のオモニと結婚したの。
オモニは良い人だし・・・アッパもオモニも幸せそう。」

だから、いつか、オンニとも・・・。

「精一杯頑張ってみて・・・
それでもダメなときは、他の道もあるんだと思う。
だから、恨んだりは、しないよ。」

パク・ハは少し淋しげに笑った。

「そなたは・・・幼いのに、悟ったようなことを申すのだな。」

イ・ガクは屈みこみパク・ハと目線を合わせた。

「パッカ。私は必ずやそなたを探し出してみせる。どこに居ようとも、だ。」


例え、異国の地に居ようとも。
無意識の淵を彷徨うとも。

そなたの時代で生きる時には、どこに居ようともそなたを探し出し、
その手を離すようなことは・・・決してない。


「うん。私も待ってる。」

パク・ハはにっこりと笑い小指を立てた。
イ・ガクもそれに応じ、可愛らしい小指に自分の小指を絡ませる。



二人の間を蝶が舞った。



小さなパク・ハの身体が、少しずつ透け始める。


『指切り拳万、嘘ついたら、針千本、呑ぉーます。』


パク・ハの元気な声はもう聞こえない。
それでも、イ・ガクは絡ませ合った小指を上下に振り続けた。

「指、切っ・・・た。」

イ・ガクが小さくそう言う前に、既に可愛らしい小指の感触は消え失せていた。



涙が一筋、頬を伝う。


新たな世子嬪を迎えよ、と・・・。
私に王世子として生きよ、と・・・。
そなたは、そう申すのか?


蓮が咲き乱れる芙蓉池で、
イ・ガクは声もなく、独り、涙を流した。





供人も連れず、パク・ハだけを伴って芙蓉池を訪れていた王世子が、ただ一人東宮殿に戻って来た。

「チョハ。」

臣下の呼び掛けにイ・ガクは何も答えない。ただゆるりと視線を送っただけだった。

緩慢な動作で扉の前に立つ。

チサンが扉を開けるとイ・ガクは一歩踏み出したが、またそのまま立ち止まった。

「パッカが、還った。」

臣下達に背を向けたままそれだけ言うと、イ・ガクは扉の中に滑りこむように入って行った。





身体中に痛みを感じ、パク・ハは目を覚ました。

あ、痛い・・・。

起き上がろうとしたが起き上がれない。
特に頭がズキズキとしていた。

ここは何処なんだろう?

「お嬢ちゃん!目が覚めたのね?」

声の主を見る。
看護師のようだった。

医師(せんせい)を呼んでくるから・・・無理に起きちゃだめよ。」

ここはどうやら病院のようで、あちこちに包帯を巻かれて自分は眠っていたらしい。
どうしてこんなに怪我をしているのか、分からなかった。


医師は一通りパク・ハの身体の様子を調べ、順調に回復しているよ、と彼女に笑いかけた。

「お嬢ちゃん、名前は?」

「パク・ハです。」

「やっぱりそうか。
・・・これに名前が刻まれていたからね。」

ノリゲを手渡された。
大事そうに握りしめていたのよ、と看護師も微笑む。

パク・ハは自分の物だと言うそれをしげしげと見つめた。
蓮の花が模された飾りを裏返せば、漢字で『 朴 荷 』と刻まれている。
小さくハングルも添えられているが、ハングルを読まずとも、間違いなく自分の名前だ、と思った。
そしてこのノリゲは誰かに贈られたものだ。
しかし、いくら考えても、このノリゲを贈ってくれた“誰か”を思い出すことはできなかった。

「住所は分かるかい?」

住所?・・・私のお家は何処なんだろう?

パク・ハが何も答えないので、医師は困ったように首を傾げた。

「オンマ、アッパの名前は?」

「・・・分かりません。」




芙蓉池の蓮の花もすっかり盛りを過ぎて、遅れて咲いた花がまばらに残っているだけだった。

暎花堂(ヨンファダン)から芙蓉池を見下ろしながら、イ・ガクは短く息を吐く。

「チョハ。」

「・・・参ったか。」

三人の臣下が背後に控えたが、イ・ガクは彼らを振り向くことはしなかった。

「じきに世子嬪選出の宣旨が下されるはずだ。」

臣下達は息を飲む。

「ト内官、ソン司書、そち達には実務処理が廻ってくる手筈であるから、心積りをしておくがよい。
ウ翊賛、そちは明日から私の鍛錬の相手を致せ。」

「チョハ!」
「よろしいのですか?」

チサンとマンボが焦った様子で言った。

「何が、だ?」

三人は押し黙っている。
中でも、ヨンスルは思うところある風に唇を噛み締めていたが、突然、一歩進み出た。

「チョハ。恐れながら・・・」

イ・ガクはゆっくりと振り向く。

「何だ?」

「パク・ハ殿をお忘れになられるのですか?」

「私は王世子だ。」

それだけ言うとイ・ガクはまたくるりと背を向けた。

「答えになっておりませぬ!!」

珍しく王世子に喰ってかかるヨンスルを、チサンとマンボが、止めよ、と諌めようとする。

「ヨンスル。」

「・・・はい。」

「世子嬪は要らぬという王世子に、従う臣下はおるか?
国母を迎えようとせぬ王を、信頼する民はおるか?
私は力を持たねばならぬ。
臣下を束ね、民を導き、国の未来を担わねばならぬのだ。」

イ・ガクの背中が微かに震えた。

「プヨンの様に、つまらぬ政権争いで命を落とす者を失くさねばならぬ。
パッカが生まれるはずの、三百年の後の世の礎を築かねばならぬ。
私はその為の力を持たねばならぬのだ。」

目に見て分かるほど、その肩が震え始める。

「教えて欲しい。・・・忘れる方法があるならば。
・・・それを私に教えてくれ。」

臣下達は何も言えず、ただ頭を垂れるしかなかった。





パク・ハはオムライスを一匙掬った。

「いつも思うんだけど・・・オムライスの中身はケチャップ味であるべきよ!」

向かいに座るエイミーが断言する。
パク・ハのオムライスはバターライスで、エイミーのオムライスはケチャップライス。

「だって、私の知ってるオムライスはこれなんだもの・・・。」

ケチャップライスよ!
いいえ、バターライスだわ!

勤め先のビアレストランで、賄いにオムライスを食べる度に論争になる。
周りの同僚達に尋ねてみても、バターライス派は皆無で、いつもエイミーに軍配が上がっていた。
それでも、パク・ハは譲らない。


「ね、それよりも・・・例の絵ハガキをくれた男性ヒト
一体どんな男性ヒトかな?
なかなかの好青年だ、って話じゃない?楽しみよね!」

エイミーは夢見るような表情をした。

「エイミー。呼び出されたのは、私よ?」

イケメンだったら紹介してよ!と言うエイミーに、ダメに決まってるじゃない!と笑ったパク・ハ。

「お二人さん、休憩時間が終わっちまうよ。」

そう声を掛けられて、慌てて残りのオムライスを掻き込む。


あの絵は、何時、描かれたのかしら?
肩に蝶が描かれてた。
あの蝶が飛んで来たのは・・・。


絵の上手な、好青年。

パク・ハが知り得た情報はそれだけ。



彼女はまだ見ぬその男性ヒトのことを思い、胸を高鳴らせるのだった。





《おわり》

__________

これにて、「記憶」 完結であります。

昨年の5月の終わりに書き始め
短編のつもりが長くなってしまい、長くなりついでに連載にしてしまい、連載ついでに更にエピソードを盛り込み・・・

蓮の花の盛り(7月~8月)を通り過ぎ、桜も咲こうかと言う時期になってしまいました。
また蓮の時期を迎える前に終えられて、良かったです。(苦笑)


途中、蓮の花について調べましたら、
蓮の花は、早朝、長くても午前中しか開いてないことが判明し、泡を喰ったのも良い思い出です。(汗)

蓮の花は、開いて、閉じて、を繰り返して4日間で散ってしまいます。
パッカも5日目の朝に還って行きました。

ええ、たった5日間の出来事を綴るのに半年以上、十ヶ月もかけたのでございます。(汗)

あまりのキリン化ぶりに、もう、笑うしかないって感じ・・・。(いや、笑い事じゃないですね。スミマセン。)


この後、イ・ガクは世子嬪ソン・ユンジュを迎えていきます。
そのお話はまた別の機会に・・・。
(パッカはドラマのスートーリーに繋がると言う・・・。)


長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
それでも、楽しみだ、待ってる、と応援を頂きましてありがとうございました。

さあ、テヨンにも頑張ってもらわなければ・・・

(また短編を挟み込みつつ)ぼちぼち頑張りたいと思います。

改めまして「記憶」にお付き合いいただきましてありがとうございました。

ありちゃん





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~ Comment ~

NoTitle

ありちゃんさん、完結おめでとうございます!

そして、せつないです・・・(T_T)
「他の誰かと結婚してもいいよ」と言うパッカも、「パッカが生まれるはずの、三百年の後の世の礎を築かねばならぬ」そして「忘れる方法を教えてくれ」と言うイ・ガクも。
5日間と言う短い時間、2人はかけがえない時間を過ごしたのですね。

お疲れ様でした。
また次のお話も楽しみにしています(^_-)-☆

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NoTitle

完結しなければ、歴史が曲がってしまうと~
分かっていても、イ・ガクの気持ち、パッカの気持ちー
特に幼いパッカの悟ってしまっているような気持ちに
応えようとするイ・ガクの切なさは堪らなく~
時間をちょっと、綻ばして、物語を紡げてみる~
やっぱり、2次小説って、すごく好きで、嵌ってしまう
所以ですね!
ありちゃん、ほんとうにお疲れ様!

Re: 瑞月さまへ

瑞月さま

> ありちゃんさん、完結おめでとうございます!
ありがとうございます!
(完結と言っても、ストーリー的には続いちゃってるんではありますが・・・(^^ゞ)

> そして、せつないです・・・(T_T)
そうなんですよ。
書き始めたときから分かってたんですが・・・でも、やっぱり書きたかったんですよね。

> 5日間と言う短い時間、2人はかけがえない時間を過ごしたのですね。
その後を生きる力を得た、と思いたいです。

> お疲れ様でした。
> また次のお話も楽しみにしています(^_-)-☆
ありがとうございます。
励みになります!!

Re:み****様へ

み****さま

ステキなんて、そんな。(//>ω<)(もっと言って!あ、ちがっ)

私が脚本?滅相もございません!!
でも、ありがとうございます。

いつも励まされてます。ホントにありがとうございます。m(__)m

Re: か****様へ

か****さま

お久しぶりです!
大変ですね。(´・_・`)
お腹痛いのは辛いですもんね。

切ないお話の後は、やはり、ラブラブ、激甘、が必要ですよね!
(エロスも多目とな?ムフフっ。^m^)
チョハのホスト、良かったですか?
書かせてもらって良かったです。( ´艸`)

私は元気なんで、か****さん、お大事になさってくださいね。

Re:宝***様へ

宝***さま

おはようございます!

素敵と言ってもらえて、嬉しい!ありがとうございます!!

バターライス派ですか?
パッカが、宝***さんにハイタッチしてきて喜びそうです。(^-^)

Re: やすべぇ様へ

やすべぇ様

> 特に幼いパッカの悟ってしまっているような気持ちに
> 応えようとするイ・ガクの切なさは堪らなく~
そうですよね。切ないです。
書きながら、べそ書いてましたし・・・。(つД`)ノ

> 時間をちょっと、綻ばして、物語を紡げてみる~
お?三次創作ですか?大歓迎ですよ!

> ありちゃん、ほんとうにお疲れ様!
お付き合いいただきまして、ありがとうございました。

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5daysな訳でしたか!

記憶、完結おめでとうございます‼
そしてお疲れ様でした~

パッカが恐ろしく大人だと感心しつつ、切なく、おばちゃんが、ぎゅっとしてあげるよ、とホロリときたものです…

因みにオムライスはバター派です。
ケチャップ、苦手で(^_^ゞ

そして、今年の夏の課題は近所の池の蓮が開花する瞬間を見ること、と決めてます。早朝だと聞いてはいたので休みの日に、二度寝できるように(爆)

それでは、また次のお話を、首をぐいーーーーんと伸ばして待っております!
駄コメにて失礼しますm(_ _)m

Re: て*****様へ

て*****様

キリン化連載にお付き合いいただいて、ありがとうございました。m(__)m

> この後のイ・ガクも書いて下さるんですか⁈
構想だけはあります。
タイムスリップしたテヨンは、その物語を垣間見てる感じです。
テヨンを現代に還してやって、イ・ガクが目覚めてからの着手になると思いますんで、
いつになるんだろう、って感じです。(苦笑)


Re: さち様へ

さち様

> 記憶、完結おめでとうございます‼
> そしてお疲れ様でした~
ありがとうございます。
いやあ、時間かけた、かけた。3daysより2日も長いから仕方ない・・・って、んなわけねぇだろ!ですよね。(汗)


> パッカが恐ろしく大人だと感心しつつ、
もう、大人すぎちゃって・・・
いっそ、一瞬、成長した姿にしてやろうかと思いましたよ。(チョハの為にも・・・そしたら、接吻ぐらい出来たかな。)


> 因みにオムライスはバター派です。
> ケチャップ、苦手で(^_^ゞ
パッカが喜びますよ。♪

蓮の花、朝の六時ごろだそうですねぇ。夏なのがせめてもの救いでしょうか?
私も、実物を見てみたいです。
さちさん、課題を達成した暁にはどんなだったか感想をお聞かせくださいませ。m(__)m

> それでは、また次のお話を、首をぐいーーーーんと伸ばして待っております!
キリン化にもめげずにいてくださるとは!ありがたき幸せ!

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Re: ま***さまへ

ま***さま

ありがとうございます!
空白が埋まったよう、とは嬉しいお言葉。
ドラマの補完的な感じで書いてみたところもあるので、そう言って頂けてありがたい限り!
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