「長編(完結)」
目覚めたテヨン
目覚めたテヨン 15
二人ともコーヒーを片手に黙りこくっている。
時間が欲しいと言ったのはセナさんの方だったが、先刻から何か言おうとしては躊躇って目を伏せ、コーヒーを啜るという動作を繰り返している。
僕は僕でどうしたものかと考えていた。
パク・ハさんの姉であり、イ・ガクと僕が別人であることを知る数少ない人物のうちの一人だ。
聞いてみたいことが無いではなかったが、おばあ様の事件を思い起こさせてまた泣かせてしまうのも気が引けたし、婚約破棄の件も影を落とす。
まあ、婚約破棄は僕がしたわけじゃないんだけど・・・。
コーヒーを口に運び、カップが軽くなってきたなと思った。
「あの、テヨンさん。」
やっと彼女が口を開く。
「昨日、母達と、パク・ハと食事に行ったんです。」
ああ、そう言えば、チャン会長がそんなことを言っていた。
「香港の母は、あなたとイ・ガクさん・・・あの、イ・ガクさんをご存知ですよね?」
「ええ、知ってます。」
その名を知ったのは昨日のことだけど・・・。
「母は、・・・母達は、その・・・イ・ガクさんとあなたを同一人物だと思っています。」
こっちにいるっていう義理のお母さんも、か。・・・そりゃ、そうだよな。
「そう、みたいですね。」
僕は平静を装っていた。もう、そうすることが、癖になってしまっている。
「あの・・・パク・ハに会っては頂けないでしょうか?」
躊躇いがちの口調とは裏腹に、その眼には強い意志が見える。
「どうしてですか?」
「香港の母は病気で・・・もう、長くはないと思うんです。それで、パク・ハも・・・あなたとのことを、否定できずにいて・・・。」
チャン会長は、やはり僕のことを話題にしたのか。
それにしても、チャン会長が、病気?
セナさんが嘘をついているようにも見えない。見えないが・・・。
パク・ハさんに会え、とは社長にも言われた。
どの人も、この人も、僕をパク・ハさんに会わせて、どうするつもりなんだ。
「彼の身代わりですか?」
僕は敢えて不機嫌さを隠さずに言った。
セナさんは一瞬たじろいだが、大きくかぶりを振った。
「ごめんなさい。そんな風に聞こえるかもしれませんが・・・違うんです。」
カップに口をつけ、静かにテーブルに置く。彼女は僕をじっと見た。
「パク・ハは、あなたのことを待っています。」
一人の女性が自分のことを待っている。男として心沸き立つ言葉ではあったが、今の僕には少し事情が違う。
「僕のことを待っている、と仰いましたか?」
イ・ガクのことではなくて?
「ええ。妹は『ヨン・テヨンさん』を、待っています。」
セナさんは僕の考えていることを察してか、僕の名を強調する。
「テヨンさんは、転生を信じますか?」
前後の脈絡のない言葉にどう反応していいのか分からなかった。
まさか、僕がイ・ガクの生まれ変わりとか言い出すつもりか?
「最初に、私にそう尋ねたのはイ・ガクさんでした。・・・私は、彼が私を口説こうとしているんだと思っていました。」
口説き文句としては陳腐だな、と僕は思った。
「私とパク・ハは、姉妹としては・・・その・・・普通の関係ではありませんでした。・・・私の方が一方的に妹を疎んじていて。・・・パク・ハが死にかけていた時、イ・ガクさんがまた転生の話をしたんです。私とパク・ハは前世でも姉妹だった、と。」
そのこととパク・ハさんが僕を待っているという話とどういう関係が・・・。
「彼は前世からの悪縁を断ち切るためにも、パク・ハを助けてほしいと言って・・・。転生なんて、私は信じられませんでしたし、パク・ハのことから・・・現実から目を逸らしたかった・・・だから、その場を去ろうとしたんです。」
妹を見捨てて立ち去ろうとした?・・・テム従兄さんのことが脳裏に浮かぶ。
彼女はごくりと唾を飲み込んだ。
「信じてもらえないかも知れませんが・・・私の腕を掴もうとした彼の手が、一瞬、消えたんです。」
「消えた?」
手が・・・人の身体の一部が消える?
「ええ。それを見たなら信じてくれるか、と彼に言われました。」
前世がどうこうなんて話も突飛だけれど、もし目の前で人が、その一部でも消えたとしたら、・・・信じる?
それを目の当たりにしたら信じられる?
目の当たりにすれば、そういうこともあるかも知れない。
だけど、僕はそれを目にしたわけじゃない。だから、どちらも信じられはしない。
かと言って、目の前のこの女性が嘘を言ってるようにも見えなかった。
「それで、あなたは信じたんですか?」
「・・・私とパク・ハ。悪縁であったことは事実です。」
前世の悪縁で現世があるから、妹を助ければその悪縁も切れる?・・・どこの占い師だ?
「悪縁は切れた、わけですか?」
「・・・少なくとも、姉妹らしくはなったと思います。私の犯した罪が消えるわけではありませんが、警察に出頭する勇気ももらいましたし。」
確かに、セナさんがテム従兄さんの逮捕に協力し、パク・ハさんの命を救った。今も、実の母親と妹を想って、僕に妹と会ってほしいと言っている。姉として当然の行動と言えるのだろう。
イ・ガクが、彼女をそうさせるために、前世の話を持ち出した。
中には前世の悪縁とかいう話だけで心を動かされる人もいるだろう。しかし、セナさんは信じられなかったと言っている。
だったら信じさせるために、どうする?自分の手を消して見せるって・・・そんなことが、できるのか?
そもそも、パク・ハさんの命を救いたくてセナさんを説得するのに、転生とか前世とか・・・そんな突拍子もない話を持ち出すものなのか?
でも結果を見れば、彼の言うところの悪縁は切れ、セナさんとパク・ハさんは姉妹の情を取り戻し、テム従兄さんは罪を償っているところで、僕は会社を継ぐべく学び始めた。
それなりに痛みも伴ってはいるが、それでも善い方にことは進んでいると言える。
イ・ガクは真実を語ったのか?
彼は何のために現れ、どこへ行ってしまったのか。
天からの使いでもあるまいに。
僕そっくりの天の御使いって・・・何だよ、それ。
イ・ガクという人間が分からなくて、目の前のセナさんのことを忘れて考え込んでいた。
「テヨンさん。妹に会っては頂けませんか?」
セナさんの言葉にハッとさせられる。
イ・ガクの言葉の真偽よりも、今はパク・ハさんのことだ。
「妹さんは、僕よりもイ・ガクさんのことを待っているのでは?」
僕は、イ・ガクをさん付けで呼んだ。それは、くやしさの表れだったのかも知れない。心がチクリと痛んだ。
時間が欲しいと言ったのはセナさんの方だったが、先刻から何か言おうとしては躊躇って目を伏せ、コーヒーを啜るという動作を繰り返している。
僕は僕でどうしたものかと考えていた。
パク・ハさんの姉であり、イ・ガクと僕が別人であることを知る数少ない人物のうちの一人だ。
聞いてみたいことが無いではなかったが、おばあ様の事件を思い起こさせてまた泣かせてしまうのも気が引けたし、婚約破棄の件も影を落とす。
まあ、婚約破棄は僕がしたわけじゃないんだけど・・・。
コーヒーを口に運び、カップが軽くなってきたなと思った。
「あの、テヨンさん。」
やっと彼女が口を開く。
「昨日、母達と、パク・ハと食事に行ったんです。」
ああ、そう言えば、チャン会長がそんなことを言っていた。
「香港の母は、あなたとイ・ガクさん・・・あの、イ・ガクさんをご存知ですよね?」
「ええ、知ってます。」
その名を知ったのは昨日のことだけど・・・。
「母は、・・・母達は、その・・・イ・ガクさんとあなたを同一人物だと思っています。」
こっちにいるっていう義理のお母さんも、か。・・・そりゃ、そうだよな。
「そう、みたいですね。」
僕は平静を装っていた。もう、そうすることが、癖になってしまっている。
「あの・・・パク・ハに会っては頂けないでしょうか?」
躊躇いがちの口調とは裏腹に、その眼には強い意志が見える。
「どうしてですか?」
「香港の母は病気で・・・もう、長くはないと思うんです。それで、パク・ハも・・・あなたとのことを、否定できずにいて・・・。」
チャン会長は、やはり僕のことを話題にしたのか。
それにしても、チャン会長が、病気?
セナさんが嘘をついているようにも見えない。見えないが・・・。
パク・ハさんに会え、とは社長にも言われた。
どの人も、この人も、僕をパク・ハさんに会わせて、どうするつもりなんだ。
「彼の身代わりですか?」
僕は敢えて不機嫌さを隠さずに言った。
セナさんは一瞬たじろいだが、大きくかぶりを振った。
「ごめんなさい。そんな風に聞こえるかもしれませんが・・・違うんです。」
カップに口をつけ、静かにテーブルに置く。彼女は僕をじっと見た。
「パク・ハは、あなたのことを待っています。」
一人の女性が自分のことを待っている。男として心沸き立つ言葉ではあったが、今の僕には少し事情が違う。
「僕のことを待っている、と仰いましたか?」
イ・ガクのことではなくて?
「ええ。妹は『ヨン・テヨンさん』を、待っています。」
セナさんは僕の考えていることを察してか、僕の名を強調する。
「テヨンさんは、転生を信じますか?」
前後の脈絡のない言葉にどう反応していいのか分からなかった。
まさか、僕がイ・ガクの生まれ変わりとか言い出すつもりか?
「最初に、私にそう尋ねたのはイ・ガクさんでした。・・・私は、彼が私を口説こうとしているんだと思っていました。」
口説き文句としては陳腐だな、と僕は思った。
「私とパク・ハは、姉妹としては・・・その・・・普通の関係ではありませんでした。・・・私の方が一方的に妹を疎んじていて。・・・パク・ハが死にかけていた時、イ・ガクさんがまた転生の話をしたんです。私とパク・ハは前世でも姉妹だった、と。」
そのこととパク・ハさんが僕を待っているという話とどういう関係が・・・。
「彼は前世からの悪縁を断ち切るためにも、パク・ハを助けてほしいと言って・・・。転生なんて、私は信じられませんでしたし、パク・ハのことから・・・現実から目を逸らしたかった・・・だから、その場を去ろうとしたんです。」
妹を見捨てて立ち去ろうとした?・・・テム従兄さんのことが脳裏に浮かぶ。
彼女はごくりと唾を飲み込んだ。
「信じてもらえないかも知れませんが・・・私の腕を掴もうとした彼の手が、一瞬、消えたんです。」
「消えた?」
手が・・・人の身体の一部が消える?
「ええ。それを見たなら信じてくれるか、と彼に言われました。」
前世がどうこうなんて話も突飛だけれど、もし目の前で人が、その一部でも消えたとしたら、・・・信じる?
それを目の当たりにしたら信じられる?
目の当たりにすれば、そういうこともあるかも知れない。
だけど、僕はそれを目にしたわけじゃない。だから、どちらも信じられはしない。
かと言って、目の前のこの女性が嘘を言ってるようにも見えなかった。
「それで、あなたは信じたんですか?」
「・・・私とパク・ハ。悪縁であったことは事実です。」
前世の悪縁で現世があるから、妹を助ければその悪縁も切れる?・・・どこの占い師だ?
「悪縁は切れた、わけですか?」
「・・・少なくとも、姉妹らしくはなったと思います。私の犯した罪が消えるわけではありませんが、警察に出頭する勇気ももらいましたし。」
確かに、セナさんがテム従兄さんの逮捕に協力し、パク・ハさんの命を救った。今も、実の母親と妹を想って、僕に妹と会ってほしいと言っている。姉として当然の行動と言えるのだろう。
イ・ガクが、彼女をそうさせるために、前世の話を持ち出した。
中には前世の悪縁とかいう話だけで心を動かされる人もいるだろう。しかし、セナさんは信じられなかったと言っている。
だったら信じさせるために、どうする?自分の手を消して見せるって・・・そんなことが、できるのか?
そもそも、パク・ハさんの命を救いたくてセナさんを説得するのに、転生とか前世とか・・・そんな突拍子もない話を持ち出すものなのか?
でも結果を見れば、彼の言うところの悪縁は切れ、セナさんとパク・ハさんは姉妹の情を取り戻し、テム従兄さんは罪を償っているところで、僕は会社を継ぐべく学び始めた。
それなりに痛みも伴ってはいるが、それでも善い方にことは進んでいると言える。
イ・ガクは真実を語ったのか?
彼は何のために現れ、どこへ行ってしまったのか。
天からの使いでもあるまいに。
僕そっくりの天の御使いって・・・何だよ、それ。
イ・ガクという人間が分からなくて、目の前のセナさんのことを忘れて考え込んでいた。
「テヨンさん。妹に会っては頂けませんか?」
セナさんの言葉にハッとさせられる。
イ・ガクの言葉の真偽よりも、今はパク・ハさんのことだ。
「妹さんは、僕よりもイ・ガクさんのことを待っているのでは?」
僕は、イ・ガクをさん付けで呼んだ。それは、くやしさの表れだったのかも知れない。心がチクリと痛んだ。
← 【 お礼画像と、時々SS 掲載してます 】
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