「短話シリーズ」
明星
たそがれ星
その日、下女が刺繍糸を部屋に届けてくれた。
「今日もご精が出ますね。いつ見ても本当に素晴らしい刺繍ばかりで。
お嬢様の器量でしたら、いくらでも幸せになれますのに・・・。」
古くから仕えてくれている下女が涙ぐむ。
「ありがとう。
・・・泣かないで。仕方のない事なのだから。」
私はそう答えるしかない。
女人として生まれたからには、名家に嫁ぎ、尽くし、家門を支えるのが務め。
そう教えられて育った。
でも、顔に醜い火傷の痕がある私は、名家どころか嫁ぐことさえできない不要の存在。
向けられるのは哀れみか蔑み。
私は女人どころか、人としても扱われない。
私が消えたなら・・・皆は悲しむどころか、胸をなでおろすのだろうか。
私は一体何のために、生まれてきたのだろう。
夕闇の迫る空を見つめた。
静寂の支配する西の空には、たそがれ星だけが光っていた。
夜と昼の境目であるこの時間は、この世とあの世がつながる
逢魔 が時 ―――
この世のものではない妖魔や鬼があたりをうろつく
と書物で読んだことがある。
人でありながら、人として生きられない私は同類なのかもしれない。
私の居場所はここではなく、あの空の向こうなのかもしれない。
でも
たった御一方だけ、私を人として扱ってくださる御方がおられる。
王世子邸下。
姉上の・・・旦那様。
姉上に呼ばれて宮殿へ赴くと、必ず私の目を見て挨拶をしてくださる。
疎まれる存在の私をも連れて、散策に出かけられる。
悪戯っ子のように、私に謎かけを課せられる。
もちろん、義妹として、世子嬪の妹として扱ってくださっているだけ。
愛しげに姉上を見つめる優しいその眼差しは・・・
私に向けられることはない。
それでもチョハに会うだけで、私の心の中に暖かな灯が宿る。
それは熱い炎となって・・・私を燃やし尽くすのではないかと思うほどに・・・。
こんな気持ちを持つことが許されないのは、分かっている。
だから
私はひっそりと息を潜め
傷痕を隠す為の薄布に、顔だけでなく、心も覆う。
チョハの下さる謎かけを解くために、たくさんの書物を読み
姉上に命ぜられる刺繍に、丹念に時間をかけて、針を進める。
総ては、王世子邸下の笑顔を拝謁したいがためだった。
それなのに・・・
その笑顔が見られなくなるどころか、お命を奪おうだなんて。
それもチョハの愛を一身に受ける姉上が!そして父上が・・・。
なぜ?どうして?
父上の企みを知った時・・・
チョハ。私はやっと分かりました。不要と思っていた私の命の意味が。
父上達を裏切ることになるとしても・・・
チョハのお命、笑顔のために、この命が少しでもお役に立つのならば
私は幸せなのです。
毒を服すのではありません。
私の心の中の炎が大きくなり過ぎて、私の身を燃やし尽くすだけなのです。
蓮のように・・・もう一度この世に生を受けることがあったなら
また私はチョハの御為に、この命を捧げるでしょう。
チョハ。どうかお健やかに。
それだけが私の願いです。
たそがれ星
どうか安らかな夜を連れてきておくれ。
愛しいあの方が、心平らかに眠れる夜を・・・。
「今日もご精が出ますね。いつ見ても本当に素晴らしい刺繍ばかりで。
お嬢様の器量でしたら、いくらでも幸せになれますのに・・・。」
古くから仕えてくれている下女が涙ぐむ。
「ありがとう。
・・・泣かないで。仕方のない事なのだから。」
私はそう答えるしかない。
女人として生まれたからには、名家に嫁ぎ、尽くし、家門を支えるのが務め。
そう教えられて育った。
でも、顔に醜い火傷の痕がある私は、名家どころか嫁ぐことさえできない不要の存在。
向けられるのは哀れみか蔑み。
私は女人どころか、人としても扱われない。
私が消えたなら・・・皆は悲しむどころか、胸をなでおろすのだろうか。
私は一体何のために、生まれてきたのだろう。
夕闇の迫る空を見つめた。
静寂の支配する西の空には、たそがれ星だけが光っていた。
夜と昼の境目であるこの時間は、この世とあの世がつながる
この世のものではない妖魔や鬼があたりをうろつく
と書物で読んだことがある。
人でありながら、人として生きられない私は同類なのかもしれない。
私の居場所はここではなく、あの空の向こうなのかもしれない。
でも
たった御一方だけ、私を人として扱ってくださる御方がおられる。
王世子邸下。
姉上の・・・旦那様。
姉上に呼ばれて宮殿へ赴くと、必ず私の目を見て挨拶をしてくださる。
疎まれる存在の私をも連れて、散策に出かけられる。
悪戯っ子のように、私に謎かけを課せられる。
もちろん、義妹として、世子嬪の妹として扱ってくださっているだけ。
愛しげに姉上を見つめる優しいその眼差しは・・・
私に向けられることはない。
それでもチョハに会うだけで、私の心の中に暖かな灯が宿る。
それは熱い炎となって・・・私を燃やし尽くすのではないかと思うほどに・・・。
こんな気持ちを持つことが許されないのは、分かっている。
だから
私はひっそりと息を潜め
傷痕を隠す為の薄布に、顔だけでなく、心も覆う。
チョハの下さる謎かけを解くために、たくさんの書物を読み
姉上に命ぜられる刺繍に、丹念に時間をかけて、針を進める。
総ては、王世子邸下の笑顔を拝謁したいがためだった。
それなのに・・・
その笑顔が見られなくなるどころか、お命を奪おうだなんて。
それもチョハの愛を一身に受ける姉上が!そして父上が・・・。
なぜ?どうして?
父上の企みを知った時・・・
チョハ。私はやっと分かりました。不要と思っていた私の命の意味が。
父上達を裏切ることになるとしても・・・
チョハのお命、笑顔のために、この命が少しでもお役に立つのならば
私は幸せなのです。
毒を服すのではありません。
私の心の中の炎が大きくなり過ぎて、私の身を燃やし尽くすだけなのです。
蓮のように・・・もう一度この世に生を受けることがあったなら
また私はチョハの御為に、この命を捧げるでしょう。
チョハ。どうかお健やかに。
それだけが私の願いです。
たそがれ星
どうか安らかな夜を連れてきておくれ。
愛しいあの方が、心平らかに眠れる夜を・・・。
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