「短編集」
読みきり
花吹雪 another
吐く息も白く、春の訪れはまだ感じられない。
花もない芙蓉池でイ・ガクは水面を見つめていた。
つと顔を上げ、振り向くことはせずに、後ろに控える王妃に声を掛ける。
「中殿 、花を見に参ろうか?」
「チョナ・・・。」
王妃ソン・ユンジュは静かにイ・ガクの次の言葉を待つ。
イ・ガクはユンジュを振り返った。
「鎮安 の桜は見事であった。そなたにも見せてやりたい。」
「チョナ。ありがたいお言葉にございます。」
ユンジュは深々と頭を下げる。
いつ、誰と、鎮安に赴いたのか、王妃は王に問うことをしなかった。
「寒くはないか?」
「はい。ですが・・・雪がちらついてまいりました。」
「・・・戻ろう。」
「はい、チョナ。」
◇◇◇
やがて冬は去り、春が来る。
秘苑 の花々も綻び始めた。
もちろん、桜の花も。
だが、鎮安の花は、まだだ。
臣下三人は、忙しく立ち働いていた。
「中殿と鎮安に参る。」
突然のイ・ガクの申し出に驚いた三人だが、彼らもまた、王となったイ・ガクが、何をしに鎮安に行こうと言うのか、問うことはしなかった。
しかし、比較的身軽だった王世子時代とは違う。
まして王妃も同行させるとなると、簡単な話ではなかった。
それでも、三人は主君の為に骨を折ることを厭わなかった。
即位してから、王としての激務に追われていたイ・ガクの、ささやかな願いを実現したかったからだ。
行幸の目的地は全州 。鎮安にはその途中で立ち寄ることとなった。
反対する重臣たちを納得させるために、マンボが策を練った結果である。
ヨンスルは王と王妃の傍近くで警護にあたり、チサンは道中不自由のないよう気を配った。
◇◇◇
仰々しい行幸の列を止め、イ・ガクは輿を降りた。
後方の王妃の輿に歩み寄り、そっと手を差し伸べてやる。
臣下達が、皆、頭を垂れる中、ユンジュはイ・ガクに手を取られ、その輿を降りる。
「このような鬱陶しい道行きですまぬ。」
「チョナ。臣下達を労ってやってくださいませ。」
ユンジュは、傍に控える王の腹心三人を見ながら言った。
「そうだな。」
イ・ガクは跪く三人に、面を上げよ、と静かに言った。
「苦労を掛けた。」
「「「恐れ入ります。チョナ。」」」
しばしの休息を取る、という王の言葉に、居並ぶ供人は、
このように何もない山中で、と首を傾げたが、王の言葉に逆らう者などいなかった。
何もない山中ではあったが、ただ、桜だけが美しかった。
三人の臣下だけを傍近くに伴い、王妃を連れてその辺りを歩く。
イ・ガクは桜に覆われた青い空を見上げた。
「あっ!」
ユンジュが足許の小枝に足を取られ、小さく叫んだ。
「中殿!」
イ・ガクが咄嗟に手を差し伸べたその時
びゅう
強い風が吹いた。
辺り一面が薄紅色で包まれる。
美しい花吹雪。
目も眩むような花吹雪。
「チョナ!」
ユンジュが瞑った目を開けた時、イ・ガクは掻き消されたようにいなくなっていた。
◇◇◇
イ・ガクが目を開けた。
「チョナ、気がつかれましたか?
お加減はいかがですか?」
・・・中殿?
イ・ガクはその身を起こした。
「私は眠っていたのか?」
「桜の木の下でお倒れになっていたのです。
そのまま、丸二日お眠りになっておりました。」
「ずっと・・・傍におったのか?
すまなかった。」
「いえ。私には何も出来ません故・・・
ただ、お傍に控えていただけにございます。」
ユンジュは微笑む。
「お顔の色もよろしく・・・安堵いたしました。」
「夢を見ていた。」
「夢でございますか?」
ユンジュは小首を傾げて、楽しそうに微笑んだ。
「パク・ハ様にお会いになられたのでございますね?」
イ・ガクは眉を微かに動かす。
「・・・そなたは、私の夢の中まで分かると申すか?」
「チョナ。私は中殿にございますよ?」
ユンジュは、さも驚いた!とでも言うような表情を作って見せた。
「そうであるな!そなたは中殿であった!・・・そなたに嘘は吐けぬ。」
イ・ガクは声を上げて笑った。
ユンジュは口許を隠して、小さく笑った。
「ああ、パッカに会った。
美しい満開の桜の中に、いた。」
「パク・ハ様はお元気でいらっしゃいましたか?」
「元気であった。」
「それは、何よりでございます。」
「幸せだと言っておった。
ヨン・テヨンと伴にいるそうだ。」
「チョナの願いが・・・叶ったのでございますね。」
「そうだな。」
イ・ガクは柔らかく笑った。
淋しさを滲ませた笑みだった。
「チョナ。・・・薬湯を用意してまいります。」
ユンジュは少し考える素振りをしてそう言った。
「ああ、頼む。」
「チョナ。申し訳ありませんが、少し時間がかかります。
しばらくお待ちくださいませ。」
ユンジュは深々と頭を下げた。
「・・・分かった。」
王は、部屋を出て行く王妃を見送った。
・・・中殿。
私を一人にしてくれたのだな。
イ・ガクの頬を、涙が伝った。
※中殿 =王妃のこと。その住まいである「中宮殿」からそう呼ばれた。
※「媽媽 」という尊称で、目下からは「中殿媽媽 」と呼ばれる。
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花もない芙蓉池でイ・ガクは水面を見つめていた。
つと顔を上げ、振り向くことはせずに、後ろに控える王妃に声を掛ける。
「
「チョナ・・・。」
王妃ソン・ユンジュは静かにイ・ガクの次の言葉を待つ。
イ・ガクはユンジュを振り返った。
「
「チョナ。ありがたいお言葉にございます。」
ユンジュは深々と頭を下げる。
いつ、誰と、鎮安に赴いたのか、王妃は王に問うことをしなかった。
「寒くはないか?」
「はい。ですが・・・雪がちらついてまいりました。」
「・・・戻ろう。」
「はい、チョナ。」
◇◇◇
やがて冬は去り、春が来る。
もちろん、桜の花も。
だが、鎮安の花は、まだだ。
臣下三人は、忙しく立ち働いていた。
「中殿と鎮安に参る。」
突然のイ・ガクの申し出に驚いた三人だが、彼らもまた、王となったイ・ガクが、何をしに鎮安に行こうと言うのか、問うことはしなかった。
しかし、比較的身軽だった王世子時代とは違う。
まして王妃も同行させるとなると、簡単な話ではなかった。
それでも、三人は主君の為に骨を折ることを厭わなかった。
即位してから、王としての激務に追われていたイ・ガクの、ささやかな願いを実現したかったからだ。
行幸の目的地は
反対する重臣たちを納得させるために、マンボが策を練った結果である。
ヨンスルは王と王妃の傍近くで警護にあたり、チサンは道中不自由のないよう気を配った。
◇◇◇
仰々しい行幸の列を止め、イ・ガクは輿を降りた。
後方の王妃の輿に歩み寄り、そっと手を差し伸べてやる。
臣下達が、皆、頭を垂れる中、ユンジュはイ・ガクに手を取られ、その輿を降りる。
「このような鬱陶しい道行きですまぬ。」
「チョナ。臣下達を労ってやってくださいませ。」
ユンジュは、傍に控える王の腹心三人を見ながら言った。
「そうだな。」
イ・ガクは跪く三人に、面を上げよ、と静かに言った。
「苦労を掛けた。」
「「「恐れ入ります。チョナ。」」」
しばしの休息を取る、という王の言葉に、居並ぶ供人は、
このように何もない山中で、と首を傾げたが、王の言葉に逆らう者などいなかった。
何もない山中ではあったが、ただ、桜だけが美しかった。
三人の臣下だけを傍近くに伴い、王妃を連れてその辺りを歩く。
イ・ガクは桜に覆われた青い空を見上げた。
「あっ!」
ユンジュが足許の小枝に足を取られ、小さく叫んだ。
「中殿!」
イ・ガクが咄嗟に手を差し伸べたその時
びゅう
強い風が吹いた。
辺り一面が薄紅色で包まれる。
美しい花吹雪。
目も眩むような花吹雪。
「チョナ!」
ユンジュが瞑った目を開けた時、イ・ガクは掻き消されたようにいなくなっていた。
◇◇◇
イ・ガクが目を開けた。
「チョナ、気がつかれましたか?
お加減はいかがですか?」
・・・中殿?
イ・ガクはその身を起こした。
「私は眠っていたのか?」
「桜の木の下でお倒れになっていたのです。
そのまま、丸二日お眠りになっておりました。」
「ずっと・・・傍におったのか?
すまなかった。」
「いえ。私には何も出来ません故・・・
ただ、お傍に控えていただけにございます。」
ユンジュは微笑む。
「お顔の色もよろしく・・・安堵いたしました。」
「夢を見ていた。」
「夢でございますか?」
ユンジュは小首を傾げて、楽しそうに微笑んだ。
「パク・ハ様にお会いになられたのでございますね?」
イ・ガクは眉を微かに動かす。
「・・・そなたは、私の夢の中まで分かると申すか?」
「チョナ。私は中殿にございますよ?」
ユンジュは、さも驚いた!とでも言うような表情を作って見せた。
「そうであるな!そなたは中殿であった!・・・そなたに嘘は吐けぬ。」
イ・ガクは声を上げて笑った。
ユンジュは口許を隠して、小さく笑った。
「ああ、パッカに会った。
美しい満開の桜の中に、いた。」
「パク・ハ様はお元気でいらっしゃいましたか?」
「元気であった。」
「それは、何よりでございます。」
「幸せだと言っておった。
ヨン・テヨンと伴にいるそうだ。」
「チョナの願いが・・・叶ったのでございますね。」
「そうだな。」
イ・ガクは柔らかく笑った。
淋しさを滲ませた笑みだった。
「チョナ。・・・薬湯を用意してまいります。」
ユンジュは少し考える素振りをしてそう言った。
「ああ、頼む。」
「チョナ。申し訳ありませんが、少し時間がかかります。
しばらくお待ちくださいませ。」
ユンジュは深々と頭を下げた。
「・・・分かった。」
王は、部屋を出て行く王妃を見送った。
・・・中殿。
私を一人にしてくれたのだな。
イ・ガクの頬を、涙が伝った。
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い***様へ (4/21 拍手コメント分)
どうも私の書くイ・ガクは切なくて・・・
でも、それが好きみたいなんですよね。(ごめん、イ・ガク。)
パッカを思って想って、それで転生!みたいな・・・(ごめん、イ・ガク)
私の方こそ、いつも読んでくださってありがとうございます。
ムラのある更新ですが、今後もお付き合いくださると嬉しいです。m(__)m