「短話シリーズ」
七夕
칠석(チルソク)-七夕
宮殿内は七夕 の準備で慌しい。
水刺間 では、ミルジョンビョン(小麦粉で作ったせんべい)を作ったり、供え物のヘックァイル(季節の果物)を準備したり、
宮女 たちは大忙しで働いている。
忙しく立ち働く人々の間を、さらに忙しく動き回っている宮女が一人いた。
いや、宮女ではない。
王世子付きの内官、ト・チサンである。
宮女の装束を身に纏ったその姿は、彼女らよりも可愛らしいぐらいであった。
チサンは、こっそりと、小さな包みを宮女たちに次から次へと手渡して行く。
それを受け取った彼女たちもまた、それとは別の包みをチサンに渡し返していた。
皆、一様に、ほんの一瞬だけ微笑みを浮かべると、素知らぬ顔でまた持ち場へと戻って行く。
チサンは水刺間を出て、人気のない木陰に腰をおろした。
これで、全部渡し終えたかな?
手元に残っている包みの数と、受け取った包みの数を確認する。
受け取った包みを開けば、その中身は金子である。
一 、 二 、 三 ・・・
真剣な顔で数えていると、急に手許が暗くなった。
咄嗟に、手に握っていた金子を袖の袂に仕舞い込む。
「商売繁盛だな。」
!!
この声は、まさか・・・
恐る恐る顔を上げれば、主君である王世子イ・ガクが、自分を見下ろしているではないか!
「チョ、チョハ!」
チサンは慌てて立ち上がった。
その拍子に、売り物の包みがばらばらと足許に落ちて散らばる。
「その包みは何だ?」
「チョ、チョハ・・・このような所で・・・
如何なさいました?」
イ・ガクは片方の眉を上げる。
「私の問いに応えよ。その包みは何か、と訊いておる。」
イ・ガクは穏やかにそう言ったが、王世子に問い詰められたのでは流石のチサンも誤魔化せはしない。
「こ、これは銀杏 の種にございます。」
「ほう、銀杏。・・・して、何に使うのだ?
そのようないでたちで宮女の振りまでして・・・ほとんどの宮女に渡しておったようだな。」
イ・ガクは半ば呆れたように、更に問いかける。
「・・・チョハ。ご覧になられていたのでございますか?」
一部始終を見られていたとは・・・。
イ・ガクは腰を屈め、チサンの足許に散らばっていた包みの一つを拾い上げた。
「私の分はないのか?」
「・・・これは、チョハがお使いになるようなものではございません。」
イ・ガクはチサンをじっと見た。
「そちは、承恩尚宮 にでもなるつもりか?」
からかう様にそう言ったが、イ・ガクは不意に真顔になる。
「・・・私には、贈る相手がいないからか?」
「えっ!?」
「七夕 には永遠の愛を誓って、愛しい人と銀杏の種を贈り合うのであろう?」
「・・・ご存知だったのですね。」
「王の女人と言いながら・・・
宮女たちは、それぞれに想う相手に贈るのだな。」
彼女らを責める風でもなくそう言って、口許を綻ばせた。
「牽牛 と織女 が、一年にただ一度しか会えぬとは、なんとも可哀想だと思っていたが・・・
今の私には・・・
ただの・・・ただの一年だけ待てば会えるのか、と羨ましくさえある。」
「チョハ・・・。」
チサンの目に涙が滲む。
「何故そちが泣くのだ?
私は、あふれる涙が川になってしまうのではないかと思うほどであった。
そちまで泣くと、天川が溢れて牽牛と織女が会えなくなってしまうぞ。」
イ・ガクは薄く笑って、片目を瞑って見せた。
朝鮮に戻ってからは見せることのなかった、ヨン・テヨンの顔。
「今日は、宮女たちの想いが通じるよう、一緒に祈ってやろう。」
湿り気を帯びた空気が辺りを漂う。
七夕の今夜は雨が降るだろう。
牽牛と織女。
一年にたった一度の逢瀬に、喜び流すその涙。
翌朝には、別れを惜しんだ二人がまた涙を流すと言う。
「今宵は雨が降るだろう。」
独り言のようにそう呟き、イ・ガクは寂しそうに笑った。
今宵は、美しく、優しい雨が降るだろう。
その夜、イ・ガクは独り芙蓉池のほとりに佇んでいた。
水面には蓮の花。
夜も更けて、花々は閉じてしまっていたが、空には星々が輝く。
握っていた掌を開き、銀杏 の種を見る。
昼間にチサンから譲り受けた銀杏。
想い人と贈り合うのだそうだ。
この銀杏に私の真心を込めて、そなたに贈ろう。
銀杏を、一粒そっと池に投げ入れた。
ポチャンと小さな音をたてて、水面には波紋が広がる。
一つ、また一つ。
つまみ上げては池に投げ入れていった。
真心の種はゆっくりと池に沈んでいく。
そなたから、贈ってもらえぬのを寂しく思うぞ。
・・・だが、もう既に
そなたは総てを私に捧げ尽くした。
私が、そなたの世に行った時には・・・
私を責めるがよい。
私から総てを奪ってしまうがよい。
もう十分だと、そなたなら申すであろうか・・・。
潤んだ瞳で夜空を見上げたイ・ガクの頬に、ぽつりと小さな雨粒が当たった。
牽牛と織女の、一年にたった一度の逢瀬の夜。
二人が流す喜びのその涙。
夜の芙蓉池に、雨粒の作る波紋がいくつも重なり合っていた。
___________
水刺間 ―――王族の食事を作る部署、要するに台所
承恩尚宮 ―――王と同衾した女官、要するに王の手のついた女官をそう呼んだ チサンの女装はそれほど可愛かったんですね。(笑)
韓国の七夕は陰暦でお祝いします。(8月の下旬になり、今年は8/28です。)
日本では雨が降ると二人が会えない!と嘆きますが、
韓国では会えた時の喜びの涙として、むしろ雨を願うそうです。
翌朝も降れば、別れを惜しんでいるのだとか。
銀杏を贈り合うのは昔の風習で、現代では恋人に限らず、家族でも贈り物をし合うのだとか。
イ・ガクの頃に宮中行事があったのかは知りませんが、永遠の愛の妄想を皆様にお贈りします。
チョハから銀杏をもらいたい!な方はクリック!
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忙しく立ち働く人々の間を、さらに忙しく動き回っている宮女が一人いた。
いや、宮女ではない。
王世子付きの内官、ト・チサンである。
宮女の装束を身に纏ったその姿は、彼女らよりも可愛らしいぐらいであった。
チサンは、こっそりと、小さな包みを宮女たちに次から次へと手渡して行く。
それを受け取った彼女たちもまた、それとは別の包みをチサンに渡し返していた。
皆、一様に、ほんの一瞬だけ微笑みを浮かべると、素知らぬ顔でまた持ち場へと戻って行く。
チサンは水刺間を出て、人気のない木陰に腰をおろした。
これで、全部渡し終えたかな?
手元に残っている包みの数と、受け取った包みの数を確認する。
受け取った包みを開けば、その中身は金子である。
真剣な顔で数えていると、急に手許が暗くなった。
咄嗟に、手に握っていた金子を袖の袂に仕舞い込む。
「商売繁盛だな。」
!!
この声は、まさか・・・
恐る恐る顔を上げれば、主君である王世子イ・ガクが、自分を見下ろしているではないか!
「チョ、チョハ!」
チサンは慌てて立ち上がった。
その拍子に、売り物の包みがばらばらと足許に落ちて散らばる。
「その包みは何だ?」
「チョ、チョハ・・・このような所で・・・
如何なさいました?」
イ・ガクは片方の眉を上げる。
「私の問いに応えよ。その包みは何か、と訊いておる。」
イ・ガクは穏やかにそう言ったが、王世子に問い詰められたのでは流石のチサンも誤魔化せはしない。
「こ、これは
「ほう、銀杏。・・・して、何に使うのだ?
そのようないでたちで宮女の振りまでして・・・ほとんどの宮女に渡しておったようだな。」
イ・ガクは半ば呆れたように、更に問いかける。
「・・・チョハ。ご覧になられていたのでございますか?」
一部始終を見られていたとは・・・。
イ・ガクは腰を屈め、チサンの足許に散らばっていた包みの一つを拾い上げた。
「私の分はないのか?」
「・・・これは、チョハがお使いになるようなものではございません。」
イ・ガクはチサンをじっと見た。
「そちは、
からかう様にそう言ったが、イ・ガクは不意に真顔になる。
「・・・私には、贈る相手がいないからか?」
「えっ!?」
「
「・・・ご存知だったのですね。」
「王の女人と言いながら・・・
宮女たちは、それぞれに想う相手に贈るのだな。」
彼女らを責める風でもなくそう言って、口許を綻ばせた。
「
今の私には・・・
ただの・・・ただの一年だけ待てば会えるのか、と羨ましくさえある。」
「チョハ・・・。」
チサンの目に涙が滲む。
「何故そちが泣くのだ?
私は、あふれる涙が川になってしまうのではないかと思うほどであった。
そちまで泣くと、天川が溢れて牽牛と織女が会えなくなってしまうぞ。」
イ・ガクは薄く笑って、片目を瞑って見せた。
朝鮮に戻ってからは見せることのなかった、ヨン・テヨンの顔。
「今日は、宮女たちの想いが通じるよう、一緒に祈ってやろう。」
湿り気を帯びた空気が辺りを漂う。
七夕の今夜は雨が降るだろう。
牽牛と織女。
一年にたった一度の逢瀬に、喜び流すその涙。
翌朝には、別れを惜しんだ二人がまた涙を流すと言う。
「今宵は雨が降るだろう。」
独り言のようにそう呟き、イ・ガクは寂しそうに笑った。
今宵は、美しく、優しい雨が降るだろう。
その夜、イ・ガクは独り芙蓉池のほとりに佇んでいた。
水面には蓮の花。
夜も更けて、花々は閉じてしまっていたが、空には星々が輝く。
握っていた掌を開き、
昼間にチサンから譲り受けた銀杏。
想い人と贈り合うのだそうだ。
この銀杏に私の真心を込めて、そなたに贈ろう。
銀杏を、一粒そっと池に投げ入れた。
ポチャンと小さな音をたてて、水面には波紋が広がる。
一つ、また一つ。
つまみ上げては池に投げ入れていった。
真心の種はゆっくりと池に沈んでいく。
そなたから、贈ってもらえぬのを寂しく思うぞ。
・・・だが、もう既に
そなたは総てを私に捧げ尽くした。
私が、そなたの世に行った時には・・・
私を責めるがよい。
私から総てを奪ってしまうがよい。
もう十分だと、そなたなら申すであろうか・・・。
潤んだ瞳で夜空を見上げたイ・ガクの頬に、ぽつりと小さな雨粒が当たった。
牽牛と織女の、一年にたった一度の逢瀬の夜。
二人が流す喜びのその涙。
夜の芙蓉池に、雨粒の作る波紋がいくつも重なり合っていた。
___________
韓国の七夕は陰暦でお祝いします。(8月の下旬になり、今年は8/28です。)
日本では雨が降ると二人が会えない!と嘆きますが、
韓国では会えた時の喜びの涙として、むしろ雨を願うそうです。
翌朝も降れば、別れを惜しんでいるのだとか。
銀杏を贈り合うのは昔の風習で、現代では恋人に限らず、家族でも贈り物をし合うのだとか。
イ・ガクの頃に宮中行事があったのかは知りませんが、永遠の愛の妄想を皆様にお贈りします。

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~ Comment ~
七夕
ありちゃんさん、こんにちは~。
切なくも美しいお話をありがとうございます。
きっと、パッカも星空を見上げ、イ・ガクのことを想っているのでしょうね。
イベントの時って、普段よりも色々と考えてしまいますよね。
隣にあの人がいたら、って感じで。
時空を超えても、相手を思う気持ちは届くはず!
七夕の日に相応しい、素敵なお話をありがとうございました。
(九州の雨も、どうかおさまりますように)
切なくも美しいお話をありがとうございます。
きっと、パッカも星空を見上げ、イ・ガクのことを想っているのでしょうね。
イベントの時って、普段よりも色々と考えてしまいますよね。
隣にあの人がいたら、って感じで。
時空を超えても、相手を思う気持ちは届くはず!
七夕の日に相応しい、素敵なお話をありがとうございました。
(九州の雨も、どうかおさまりますように)
- #1971 瑞月
- URL
- 2017.07/07 11:49
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