「短編集」
読みきり
何も持たない男 前編
抜けるような青空を見上げた。
何かが始まる。
何かが動き出す。
人よりは多くのものを持っていたはずだ。
それでも何かが足らなくて・・・
何かを探し求めていた。
それが野心と言うのならばそうだったのかも知れない。
必ずその何かを手に入れてやると、心に強く決意していた。
何かが始まる。
何かが動き出す。
その何かを持っていると見えたあいつを、羨み、憎んでさえいたあの頃の俺なら、こんな青空を見てそんな風に思っただろうか?
今の俺には・・・
欲しいと思うものさえもない。
何も始まらない日。
何もないという事実だけが突きつけられた日。
*
重い鉄の扉が開かれた。
抜けるような青空を見上げれば、明るい陽光が目に沁みる。
見上げていた視線を戻し、今出てきたばかりの扉を振り返った。
「お世話になりました。」
「もう二度と戻ってくるなよ。」
そう言って閉じられた扉に、背を向ける。
さて、どうしようか。
今の俺にはどこにも行く当てがない。
眩しさに目を細めるその姿は、途方にくれているようにも見えた。
突然、目の前に車が停まった。
ウィンドウが下がり、運転席側からこちらを見つめてくる男。
忘れようにも忘れられない顔がそこにあった。
「ヒョン。久しぶりだね。」
サングラスを少しずらしてそう言ったそいつは、目に飛び込んできた光に一瞬顔を顰める。
「お前・・・」
何故ここに?
どうして今日?
そしてテムはハッとしたように言った。
「テヨン?・・・なのか?」
「何だよ、幽霊でも見るような顔をして。」
テヨンなのか?
「それとも・・・」
「さぁ、乗って。」
テヨン・・・なのか。
「どうしてお前が・・・」
「どうせ行くところもないんだろ?少しぐらい僕に付き合ってよ。」
助手席のドアが開けられる。
「乗って。」
身を乗り出すように車内から見上げられて、テムは戸惑いながらも助手席に乗り込んだ。
テヨンは車を走らせる。
「どこに行くんだ?」
「まぁ、ちょっとね。」
サングラス越しの瞳は前を向いており、何を考えているのかその表情からは読み取れない。
車内の空気はピンと張りつめていた。
変わりばえのしない景色が車窓を流れた。
景色と一緒に幾ばくかの沈黙が流れ去る。
何故?
どうして?
何の目的で?
疑問があってもテムが口を開けるはずもない。
先に口を開いたのはテヨンだった。
「ヒョンは・・・どうしてあんな事をしたんだ?」
テムはテヨンを見た。
対するテヨンは相変わらず前を向いたまま。
「お前を殴った事か?」
「その理由は何となくわかるよ。」
横目でちらりとテムを見て、また視線を前方に戻した。
「直接的でも、故意でもなかったかもしれないけど、ハルモニの命を奪っただろ?」
静かな怒りと哀しみ。
「それは・・・」
車は路肩に寄せられ停まった。テヨンの目線がテムに固定される。
「僕のことも殺そうとしたよね?」
「・・・あれは事故だった。」
今更、往生際が悪過ぎる。
自嘲にテムの唇は歪んだ。
「海でのことじゃない!」
テヨンは身体ごとテムに向き直り、サングラス越しでもそうと分かるほど睨みつけた。
「僕を庇おうとしたパッカの命も奪おうとしただろ?」
あれは、テヨンじゃなかった。
成りすましの・・・
今更それを言ったところで事実は変わらない。
奴の命を奪おうとし、その恋人の命も奪いかけた。
殺人者
嘘つき
その両方だと奴に言われた。
「僕は絶対にヒョンを許さない!」
初めて見せるテヨンの激しい怒りに、テムは怖気づいた。
「まさか・・・
刑期が終わったからすべての償いが終わった。
なんてこと思ってないよね?
ヒョンにはまだまだ償ってもらわなきゃ・・・ 。」
テヨンはすっとサングラスを外す。
「・・・償うたって、今の俺には何も・・・」
テムに冷たい視線をくれて顎をしゃくった。
「 命はあるだろ?」
今まで聞いたこともないような低い声に、思わず息が止まりそうになる。
「い、命って、まさかお前・・・」
「そんなに怯えてるヒョンは、初めて見たな。」
テヨンの唇の片端が意地悪く上がった。
テムは青ざめ、額には脂汗が浮かんでいる。
テヨンの腕が伸び、テムの肩に触れた。
テムは反射的にその手を振り払い、車のドアを開けようとする。しかし、ドアは開かない。
「死ぬのは怖い?
命が惜しい?
パッカは生死の淵を彷徨ったよ。」
テヨンは跳ね除けられた手をくるりと返して、揶揄するように掌を上に向けた。
もう片方の手の甲で口を隠すようにして、くつくつと低く笑う。
「そんなに怯えるなよ。」
テヨンはテムを一瞥し、ジャケットの内ポケットに手を差し入れた。
それを見たテムは、できるだけテヨンとの距離を取ろうと試みたが狭い車内でのこと、背中をドアに押し返される。
後ろ手に開閉レバーを何度も引いていた。
カシャカシャと乾いた音だけが緊迫した車内に響いている。
「どうしたんだよ?
ロックを外さなきゃ開くわけないだろ?」
テムは指先が冷え切っていくのを感じながら、頭の隅ではどこか冷静に自分の往生際の悪さに呆れていた。
命だけは助けてくれ!
そう言って命乞いすることもできない。
かと言って、贖罪のために命を差し出すことも躊躇する自分。
何も持たない無様な男。
テヨンの言うように、差し出せるとすればその命しかない。
「無駄な抵抗はやめなよ。」
「・・・テヨン。」
テヨンは小さな溜息を吐いた。
「馬鹿だな。ヒョンは本当に馬鹿だ。」
「・・・」
テムは俯いた。
震える手は膝を握りしめている。
手が震えているのか、膝が震えているのか。
その両方だったかもしれない。
身体全体が小刻みに震えていた。
およ?テヨンがちよっと怖い。
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何かが始まる。
何かが動き出す。
人よりは多くのものを持っていたはずだ。
それでも何かが足らなくて・・・
何かを探し求めていた。
それが野心と言うのならばそうだったのかも知れない。
必ずその何かを手に入れてやると、心に強く決意していた。
何かが始まる。
何かが動き出す。
その何かを持っていると見えたあいつを、羨み、憎んでさえいたあの頃の俺なら、こんな青空を見てそんな風に思っただろうか?
今の俺には・・・
欲しいと思うものさえもない。
何も始まらない日。
何もないという事実だけが突きつけられた日。
*
重い鉄の扉が開かれた。
抜けるような青空を見上げれば、明るい陽光が目に沁みる。
見上げていた視線を戻し、今出てきたばかりの扉を振り返った。
「お世話になりました。」
「もう二度と戻ってくるなよ。」
そう言って閉じられた扉に、背を向ける。
さて、どうしようか。
今の俺にはどこにも行く当てがない。
眩しさに目を細めるその姿は、途方にくれているようにも見えた。
突然、目の前に車が停まった。
ウィンドウが下がり、運転席側からこちらを見つめてくる男。
忘れようにも忘れられない顔がそこにあった。
「ヒョン。久しぶりだね。」
サングラスを少しずらしてそう言ったそいつは、目に飛び込んできた光に一瞬顔を顰める。
「お前・・・」
何故ここに?
どうして今日?
そしてテムはハッとしたように言った。
「テヨン?・・・なのか?」
「何だよ、幽霊でも見るような顔をして。」
テヨンなのか?
「それとも・・・」
「さぁ、乗って。」
テヨン・・・なのか。
「どうしてお前が・・・」
「どうせ行くところもないんだろ?少しぐらい僕に付き合ってよ。」
助手席のドアが開けられる。
「乗って。」
身を乗り出すように車内から見上げられて、テムは戸惑いながらも助手席に乗り込んだ。
テヨンは車を走らせる。
「どこに行くんだ?」
「まぁ、ちょっとね。」
サングラス越しの瞳は前を向いており、何を考えているのかその表情からは読み取れない。
車内の空気はピンと張りつめていた。
変わりばえのしない景色が車窓を流れた。
景色と一緒に幾ばくかの沈黙が流れ去る。
何故?
どうして?
何の目的で?
疑問があってもテムが口を開けるはずもない。
先に口を開いたのはテヨンだった。
「ヒョンは・・・どうしてあんな事をしたんだ?」
テムはテヨンを見た。
対するテヨンは相変わらず前を向いたまま。
「お前を殴った事か?」
「その理由は何となくわかるよ。」
横目でちらりとテムを見て、また視線を前方に戻した。
「直接的でも、故意でもなかったかもしれないけど、ハルモニの命を奪っただろ?」
静かな怒りと哀しみ。
「それは・・・」
車は路肩に寄せられ停まった。テヨンの目線がテムに固定される。
「僕のことも殺そうとしたよね?」
「・・・あれは事故だった。」
今更、往生際が悪過ぎる。
自嘲にテムの唇は歪んだ。
「海でのことじゃない!」
テヨンは身体ごとテムに向き直り、サングラス越しでもそうと分かるほど睨みつけた。
「僕を庇おうとしたパッカの命も奪おうとしただろ?」
あれは、テヨンじゃなかった。
成りすましの・・・
今更それを言ったところで事実は変わらない。
奴の命を奪おうとし、その恋人の命も奪いかけた。
殺人者
嘘つき
その両方だと奴に言われた。
「僕は絶対にヒョンを許さない!」
初めて見せるテヨンの激しい怒りに、テムは怖気づいた。
「まさか・・・
刑期が終わったからすべての償いが終わった。
なんてこと思ってないよね?
ヒョンにはまだまだ償ってもらわなきゃ・・・ 。」
テヨンはすっとサングラスを外す。
「・・・償うたって、今の俺には何も・・・」
テムに冷たい視線をくれて顎をしゃくった。
「 命はあるだろ?」
今まで聞いたこともないような低い声に、思わず息が止まりそうになる。
「い、命って、まさかお前・・・」
「そんなに怯えてるヒョンは、初めて見たな。」
テヨンの唇の片端が意地悪く上がった。
テムは青ざめ、額には脂汗が浮かんでいる。
テヨンの腕が伸び、テムの肩に触れた。
テムは反射的にその手を振り払い、車のドアを開けようとする。しかし、ドアは開かない。
「死ぬのは怖い?
命が惜しい?
パッカは生死の淵を彷徨ったよ。」
テヨンは跳ね除けられた手をくるりと返して、揶揄するように掌を上に向けた。
もう片方の手の甲で口を隠すようにして、くつくつと低く笑う。
「そんなに怯えるなよ。」
テヨンはテムを一瞥し、ジャケットの内ポケットに手を差し入れた。
それを見たテムは、できるだけテヨンとの距離を取ろうと試みたが狭い車内でのこと、背中をドアに押し返される。
後ろ手に開閉レバーを何度も引いていた。
カシャカシャと乾いた音だけが緊迫した車内に響いている。
「どうしたんだよ?
ロックを外さなきゃ開くわけないだろ?」
テムは指先が冷え切っていくのを感じながら、頭の隅ではどこか冷静に自分の往生際の悪さに呆れていた。
命だけは助けてくれ!
そう言って命乞いすることもできない。
かと言って、贖罪のために命を差し出すことも躊躇する自分。
何も持たない無様な男。
テヨンの言うように、差し出せるとすればその命しかない。
「無駄な抵抗はやめなよ。」
「・・・テヨン。」
テヨンは小さな溜息を吐いた。
「馬鹿だな。ヒョンは本当に馬鹿だ。」
「・・・」
テムは俯いた。
震える手は膝を握りしめている。
手が震えているのか、膝が震えているのか。
その両方だったかもしれない。
身体全体が小刻みに震えていた。
およ?テヨンがちよっと怖い。
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