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「短編集」
読みきり

何も持たない男 前編

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抜けるような青空を見上げた。


何かが始まる。
何かが動き出す。


人よりは多くのものを持っていたはずだ。
それでも何かが足らなくて・・・
何かを探し求めていた。

それが野心と言うのならばそうだったのかも知れない。

必ずその何かを手に入れてやると、心に強く決意していた。


何かが始まる。
何かが動き出す。


その何かを持っていると見えたあいつを、羨み、憎んでさえいたあの頃の俺なら、こんな青空を見てそんな風に思っただろうか?


今の俺には・・・
欲しいと思うものさえもない。


何も始まらない日。
何もないという事実だけが突きつけられた日。





重い鉄の扉が開かれた。
抜けるような青空を見上げれば、明るい陽光が目に沁みる。

見上げていた視線を戻し、今出てきたばかりの扉を振り返った。

「お世話になりました。」

「もう二度と戻ってくるなよ。」

そう言って閉じられた扉に、背を向ける。


さて、どうしようか。

今の俺にはどこにも行く当てがない。


眩しさに目を細めるその姿は、途方にくれているようにも見えた。


突然、目の前に車が停まった。

ウィンドウが下がり、運転席側からこちらを見つめてくる男。
忘れようにも忘れられない顔がそこにあった。

「ヒョン。久しぶりだね。」

サングラスを少しずらしてそう言ったそいつは、目に飛び込んできた光に一瞬顔を顰める。

「お前・・・」

何故ここに?
どうして今日?

そしてテムはハッとしたように言った。

「テヨン?・・・なのか?」

「何だよ、幽霊でも見るような顔をして。」

テヨンなのか?

「それとも・・・」

「さぁ、乗って。」

テヨン・・・なのか。

「どうしてお前が・・・」

「どうせ行くところもないんだろ?少しぐらい僕に付き合ってよ。」

助手席のドアが開けられる。

「乗って。」

身を乗り出すように車内から見上げられて、テムは戸惑いながらも助手席に乗り込んだ。



テヨンは車を走らせる。


「どこに行くんだ?」

「まぁ、ちょっとね。」

サングラス越しの瞳は前を向いており、何を考えているのかその表情からは読み取れない。


車内の空気はピンと張りつめていた。


変わりばえのしない景色が車窓を流れた。
景色と一緒に幾ばくかの沈黙が流れ去る。

何故?
どうして?
何の目的で?

疑問があってもテムが口を開けるはずもない。
先に口を開いたのはテヨンだった。


「ヒョンは・・・どうしてあんな事をしたんだ?」

テムはテヨンを見た。
対するテヨンは相変わらず前を向いたまま。

「お前を殴った事か?」

「その理由は何となくわかるよ。」

横目でちらりとテムを見て、また視線を前方に戻した。

「直接的でも、故意でもなかったかもしれないけど、ハルモニの命を奪っただろ?」

静かな怒りと哀しみ。

「それは・・・」

車は路肩に寄せられ停まった。テヨンの目線がテムに固定される。

「僕のことも殺そうとしたよね?」

「・・・あれは事故だった。」

今更、往生際が悪過ぎる。
自嘲にテムの唇は歪んだ。

「海でのことじゃない!」

テヨンは身体ごとテムに向き直り、サングラス越しでもそうと分かるほど睨みつけた。

「僕を庇おうとしたパッカの命も奪おうとしただろ?」


あれは、テヨンじゃなかった。
成りすましの・・・


今更それを言ったところで事実は変わらない。
奴の命を奪おうとし、その恋人の命も奪いかけた。


殺人者
嘘つき


その両方だと奴に言われた。


「僕は絶対にヒョンを許さない!」

初めて見せるテヨンの激しい怒りに、テムは怖気づいた。


「まさか・・・
刑期が終わったからすべての償いが終わった。
なんてこと思ってないよね?
ヒョンにはまだまだ償ってもらわなきゃ・・・ 。」

テヨンはすっとサングラスを外す。

「・・・償うたって、今の俺には何も・・・」

テムに冷たい視線をくれて顎をしゃくった。

「 命はあるだろ?」

今まで聞いたこともないような低い声に、思わず息が止まりそうになる。

「い、命って、まさかお前・・・」

「そんなに怯えてるヒョンは、初めて見たな。」

テヨンの唇の片端が意地悪く上がった。

テムは青ざめ、額には脂汗が浮かんでいる。
テヨンの腕が伸び、テムの肩に触れた。
テムは反射的にその手を振り払い、車のドアを開けようとする。しかし、ドアは開かない。

「死ぬのは怖い?
命が惜しい?
パッカは生死の淵を彷徨ったよ。」

テヨンは跳ね除けられた手をくるりと返して、揶揄するように掌を上に向けた。
もう片方の手の甲で口を隠すようにして、くつくつと低く笑う。

「そんなに怯えるなよ。」

テヨンはテムを一瞥し、ジャケットの内ポケットに手を差し入れた。
それを見たテムは、できるだけテヨンとの距離を取ろうと試みたが狭い車内でのこと、背中をドアに押し返される。
後ろ手に開閉レバーを何度も引いていた。

カシャカシャと乾いた音だけが緊迫した車内に響いている。

「どうしたんだよ?
ロックを外さなきゃ開くわけないだろ?」

テムは指先が冷え切っていくのを感じながら、頭の隅ではどこか冷静に自分の往生際の悪さに呆れていた。

命だけは助けてくれ!
そう言って命乞いすることもできない。
かと言って、贖罪のために命を差し出すことも躊躇する自分。

何も持たない無様な男。
テヨンの言うように、差し出せるとすればその命しかない。

「無駄な抵抗はやめなよ。」

「・・・テヨン。」

テヨンは小さな溜息を吐いた。

「馬鹿だな。ヒョンは本当に馬鹿だ。」

「・・・」

テムは俯いた。
震える手は膝を握りしめている。

手が震えているのか、膝が震えているのか。
その両方だったかもしれない。
身体全体が小刻みに震えていた。





およ?テヨンがちよっと怖い。
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