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「短編集」
読みきり

何も持たない男 後編

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「ナイフが出て来るとでも思った?」

テヨンの唇が歪む。

「僕はヒョンみたいな馬鹿じゃない。
ヒョンのように、刑務所に行く気なんてないよ。」

テムは大きく目を見開きテヨンを見た。

「これ。」

テムの目の前に差し出された封筒。
恐る恐るその封筒を受け取り、中を見る。


出てきたのはパスポートと航空券。
その行先は・・・

香港


弾かれたようにテヨンを見た。

「セナさんは、お母さんの看病で香港にいる。」

・・・セナ。

「とっくに彼女とは別れた!俺には合わせる顔がない!」



***



セナと最後に会ったのはいつのことだったか・・・。


手錠を掛けられ、腰紐で繋がれていた。
ガラス越しにかつての恋人と向かい合った。


「テムさん。」

「・・・帰れ、セナ。」

「・・・テヨンさんが・・・目を覚ましたわ。」

テムは驚きに目を見開き、気付けば涙が溢れていた。

涙が意味することは何だったのか・・・


後悔
悔恨
懺悔
安堵


眩しかった。
羨んでいた。
憎んでいた。

あいつの持っているものが欲しかった。
横取りしようとして・・・奪い取れなかった。


「良かった。テヨンさんが目を覚ましてくれて・・・」

確かに、多少なりとも裁判には影響することだろう。


あいつを見殺しにしたが、生きていた。
奴の恋人を殺しかけたが、生きている。

俺が手に掛けようとした人たちは生きている。

俺は殺人者にはならなかった。


しかし、俺は・・・

自分の恋人をも犯罪者にした。


自分の持っていなかった何かを、テヨンから横取りしようとして・・・
セナを犯罪者に貶めた。


「テムさん。私、待ってるから・・・。」

テムはセナを見つめた。

「セナ、帰れ。そして、二度と来るな。」

「・・・ずっと、待ってる。」

「俺は、お前を犯罪者にしたんだぞ?
しかも、妹を助けると言ったお前の邪魔をしようとした。」

「・・・会長のことは、許されるとは思ってない。だけど・・・
パッカは生きてる!テヨンさんも目を覚ましたわ!」

セナは勢い込んでそう言ったが、テムは首を横に振った。

「セナ。俺のことは忘れて幸せになれ。」

そしてゆっくりと立ち上がった。
監視の刑務官を振り返る。

「もう、いいですから・・・。」

「テムさん!」

足りなかった何かを手に入れようとして
それを横取りしようとして

持っていたはずのものも、手放した。
総てを失った。


何も持たない男。



────テムさん!待ってる!ずっと待ってる!



小さな面会室にセナの声が響いていた。



***


「分かってないな、ヒョンは・・・。」

テヨンは溜息交じりに首を横に振る。

「ヒョンに拒否権なんてないよ。」

真剣な目でテムを見た。

「その航空券は、僕が用意したものじゃあない。」

「え?・・・じゃあ、誰が・・・」

「パッカだよ。」

テムが二度もその命を脅かした、その相手。

「彼女が、ジュースショップで稼いだお金で用意した。
僕には絶対に払わせてくれなかった。
だから
その航空券を無駄にするなんてこと、許さないよ。」

テムの目を真っ直ぐに見据えてテヨンは言葉を繋ぐ。

「彼女は優しいけど、本当に頑固なんだ。
そんな彼女の姉さんも頑固さ。
・・・ずっとヒョンだけを待ってる。」

「そんな・・・」

「パッカはセナさんが幸せにならないと、自分も幸せになれないって言うんだ。
僕では役不足らしいよ。」

テヨンの口からまた大きな溜息が漏れた。

「僕はパッカが笑顔ならそれでいい。
パッカが笑顔でいてくれたら、それだけでいい。
正直、今でも会社なんてどうでもいいんだ。
ヒョン。
殴りたかったら、また僕を殴ってくれて構わない。」

え?とテムは戸惑った表情でテヨンを見返した。
テヨンの方は早口に捲し立てる。

「だから、パッカの笑顔をくれよ!
ヒョンは、 残りの命をすべてかけて、償ってよ!
セナさんを絶対に幸せにしろ!」


膝を握りしめるテムの手は、恐怖とは異なる感情で震えていた。


「それから・・・餞別代りに言っておくよ。
パッカは、たくさんの人の笑顔を見たときに本当の笑顔を見せるんだ。
そういう時だけ、心の底から笑うんだよ。」

テヨンは困ったような表情で続ける。

「僕は、会社を継ぐのが嫌だった。
金、権力、名誉、そんなものに群がって来る人たちにうんざりしてた。」

テヨンにしてみれば、テムもそのうちの一人だったに違いない。

「だけど・・・それは言い訳で、ただ逃げてただけなんだ。
ヒョンも大変だっただろ?あの会社を維持していくのは・・・。」

テムの目が驚きに見開く。
テヨンは、はーっと何度目か分からない溜息を吐いた。

「僕はもう逃げない。
だから、ヒョンも逃げるな。」

「・・・テヨン。」

「僕は仕事をして、たくさんの人を笑顔にするよ。
綺麗ごとだって馬鹿にされても構わない。
パッカに相応しい男になりたいんだ。
だから
僕なりに会社で頑張るつもりではいる。」

テヨンもまた、足らない何かを探していたのかも知れない。
総てを持っているようで、一番手にしたかったものを持っていなかった。
だが今は、その何かは彼の手の中にある。



***



車は空港に滑り込んだ。

「さぁ、着いたよ。」

ガチャッと音を立ててロックが解除される。
テムはゆっくりとレバーを引いた。

「 見送りはしないよ。」

静かにドアを開けたテムは、ようよう声を絞り出すと力なく言った。

「テヨン、本当にすまなかった。」

その目に涙が滲む。

涙の意味するところは何だったのか・・・


後悔
悔恨
懺悔
安堵
感謝


「僕は許さないって言っただろ!」

テムはテヨンを振り返らずに車を降りた。

「ヒョン!きちんと償ってよ!絶対に!」

怒鳴るようにテムの背中に向かって叫ぶ。


そして、何も持たない男は空港の中に消えて行った。





テムの背中が見えなくなったところで、テヨンは大きく息を吐いた。
電話を手に取り、通話ボタンをタップする。

ワンコールでその相手に繋がった。

「パッカ、上手くいったよ。」

『良かった・・・』

「・・・泣いてるの?」

『ううん・・・泣いてなんかないわ・・・』

「慣れない事して・・・すごく疲れた。」

テヨンはわざとのように、ははっと声を上げて笑った。

『・・・お疲れ様。』

「パッカ、ありがとう。」

『何に対するお礼なの?』

「パッカ、愛してる。」

『答えになってないわよ。』

一瞬の沈黙が流れた。唇を尖らせているのかも知れない。
直後、優しい声が聞こえた。

『 私も、愛してるわ。』

「早く君に会いたい。すぐに帰るよ。」

『 私もよ。待ってるから気を付けて帰って来てね。』

電話口で、ちゅっとリップ音を立ててから通話を切った。


何かが足らなくて
何かを探し求めて
テヨンはそれを手に入れた。

何かが足らないように感じて
それが何なのかに気付かなくて
テムは持っていたはずのものも失いかけた。


何も持たないと見えた男も、きっと総てを手にするだろう。


テヨンは、パク・ハに会いたいと逸る気持ちを抑え込む。
そして、その飛行機が彼方に吸い込まれるまで青空を見つめていた。


何かが始まった。
何かが動き出した。


雲一つない抜けるような青空が広がった、そんな日。






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~ Comment ~

やったー♬

ありちゃんさん、アンニョン!
まーってました、この二人♡
テムとセナ、ふたりの不器用な愛は、テヨンとパッカの王道の愛よりも、もしかしたら心に響きます。書いてくれて、チョンマル カムサハムニダ

管理人のみ閲覧できます

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NoTitle

涙が出ました。テムに対する許しがとても有難くて、大きくて、あったかくて、ともかく、ドラマでは物足りなかった
その後が言葉のきつさとは裏腹に、とっても優しくて
思わず、あぁ~わたしのテヨン!と叫びたいほどでした。やっぱり、ありちゃんの描くテヨンが大好きです。
朝鮮時代からゆっくりでよいのでパッカのもとに
戻してあげてください。本編も楽しみにしています。

Re: あかつき号さまへ

あかつき号さま
あんにょん。

> まーってました、この二人♡
お待たせしましたぁ。(笑)
そうですか、お待ち頂けてたのですね。ありがとうございます。

> テムとセナ、ふたりの不器用な愛は、テヨンとパッカの王道の愛よりも、もしかしたら心に響きます。
そうですよね。この二人にも幸せになってもらいたいです。テムとセナ、今後も書いてみたいですね。

> 書いてくれて、チョンマル カムサハムニダ
こちらこそ、お読み頂いてコメントまで頂いて嬉しく思っています。
チョンマル カムサハムニダ。

Re: か****様へ

か****さま

お久しぶりです。9
そうですか、上の息子さん卒業でしたか・・・。入学のお話を伺ったのがついこの間のことのように感じられるのですが・・・
私が放置してる間に、そんなに時が経ってしまったのですね。(゜o゜)

幸いにも私は花粉症はございませんで、か****さんの辛さが分からず、スミマセン。

生ユチョン、実感がわかないまま目の前を通りすぎた感じです。(苦笑)
これからは日本での活動を頑張るって言ってましたから、か****さんのお近くにも来るかもしれませんよ。
いつか、きっと、か****さんも生ユチョンに会ってほしいです!

影のあるテヨン、お気に召していただけました?
私的には超が付く位おすすめなんです!ニヤニヤしながら書いてました。(笑)
仰るように男前が引き立ちますよね!分かって頂けて嬉しいです!
コメントもお待ちしております。m(__)m

Re: やすべぇ様へ

やすべぇ様
いつも、ありがとうございます。

> 涙が出ました。テムに対する許しがとても有難くて、大きくて、あったかくて、ともかく、ドラマでは物足りなかった
> その後が言葉のきつさとは裏腹に、とっても優しくて
ありがとうございます。ホントにありがとうございます。

> 思わず、あぁ~わたしのテヨン!と叫びたいほどでした。
ええ、ええ、叫んでください!「ウリテヨngァ~!サランへ~!」

> やっぱり、ありちゃんの描くテヨンが大好きです。
ありがとうございます。そんな風に言って頂けて、感無量です。m(__)m

> 朝鮮時代からゆっくりでよいのでパッカのもとに
> 戻してあげてください。本編も楽しみにしています
はい。ちまちま頑張ります。

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Re: ほ**様へ

ほ**さま

美味しいお酒でしたか?酒の肴にして頂いてありがとうございます。(笑)

過去に、テヨンがテムに総てを曝けてたとは考えにくいですよね。
パッカとセナの関係が修復したことで、テヨンとテムも本当の兄弟になれたら素敵だなと思います。

ブラックなテヨンもものすごく好きなのですが(笑)明るく前向きなお話は書いててウキウキするので
次回作はそのように・・・←次回があるのか?大丈夫か?私!
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